会議室にはこの前と同じ顔ぶれが揃っている。だが今回のテーマは『一千年前の恋 源氏物語の世界展』ではない。
最初に高木総務部長が資料を配った。タイトルにはこうあった。
「杉野恭子営業企画部第一主任のセクハラ行為に関する調査委員会」
タイトルを読んだ恭子の顔からみるみる血の気が引いていった。間違いなく健士のことに違いない。
及川部長が立ち上がると、勝ち誇ったように資料を読みあげていく。
「……目撃者の話を総合すると、杉野主任が金銭を押しつけ、アルバイトの日下健士くんを自宅に呼び出して関係を迫ったとしか、考えようがありません」
恭子は思わず立ち上がって反論しようとした。
「杉野さん」
及川部長が薄く笑う。
「日下くんに事情聴取しますか? 既に十八歳ではあるが、一応高校生です。あなたとのトラブルに巻き込まれれば、進学への影響は避けられませんが……」
恭子は席に戻った。その通りだ。健士は恭子の応援団を名乗り出て、積極的に『一千年前の恋 源氏物語の世界展』が成功するため、全力を尽くしてくれた。そそればかりではない。恭子にとって、健士は大切な存在だった。会社のトラブルには巻き込みたくない。
それが大切な人に対する恭子ならではの態度だ。
「要するにだ」
大橋社長が全員を見回す。残忍な表情が恭子に向けられた。
「或いは誤解だったのかもしれない。問題は、君が部下や上司から信頼を失っているという事実だ」
大橋がドンッと音を立てて机を叩く。
「セクハラの事実があるかどうかの問題ではない。そう思われているという事実が問題なんだ。そんな人間は会社には不要だ」
大橋は冷たく、恭子を見据えた。及川や本多、そして松山もそれに倣った。
「杉野さん。何か反論があるなら言いたまえ。やはり日下くんに話を聞いたほうがいいのか?」
恭子はスマホに保存した健士とのツーショットを心に浮かべる。
(日下くん。私も君のこと大好き。だからこれ以上、愛する人を巻き込みたくない)
恭子は立ち上がると深く頭を下げた。
「いいえ。会社の処分を受け入れます」
その場に居合わせた全員が、恭子に見えないように心の中で爆笑していた。恭子は十五枚の書類の入ったファイルを差し出した。
「ただ『千年前の恋 源氏物語の世界展』の企画原案。今日、プリントしてプロジェクト会議で検討するつもりでした。第二グループに提出しますので、何かの参考にして頂ければ……」
恭子はファイルを大橋社長に手渡そうとした。
「あなたの企画原案なんか要りませんよ。杉野主任」
松山の意地悪い声が背後から聞こえた。大橋社長はファイルを床に放り投げた。プリントされた紙が床に広がった。恭子の忍耐の糸が切れた。涙がどっと落ち、化粧が台無しになった。恭子は企画書原案を拾い集めてファイルに収めた。
「第二グループの企画書はほぼ完成している。このイベントを通じて商品化やコラボを進め、大きな利益を挙げようとする優れた企画書だ。未だ原案しか完成していない第一グループとは大違いだな」
及川部長が付け加える。
「それにだ。この会議はあなたに対する調査委員会で、あなたの作文を読む場ではないんだ。分かるかな」
高木総務部長が声をかける。
「処分が決まるまで自宅謹慎してもらおうか。正式な書類はすぐ作成する」
恭子は企画原案を手に、たったひとりで会議室を出た。廊下の奥に山崎たちの姿が見えた。
彼らに背を向けた。涙がまたどっとあふれ出て何も見えなくなった。れけれども心の目は、日下健士のはにかんだ表情をしっかりと見つめていた。
(ごめんなさい。あれだけ助けてもらったのに)
涙の大雨が、手にした企画原案のファイルに降り注いだ。
最初に高木総務部長が資料を配った。タイトルにはこうあった。
「杉野恭子営業企画部第一主任のセクハラ行為に関する調査委員会」
タイトルを読んだ恭子の顔からみるみる血の気が引いていった。間違いなく健士のことに違いない。
及川部長が立ち上がると、勝ち誇ったように資料を読みあげていく。
「……目撃者の話を総合すると、杉野主任が金銭を押しつけ、アルバイトの日下健士くんを自宅に呼び出して関係を迫ったとしか、考えようがありません」
恭子は思わず立ち上がって反論しようとした。
「杉野さん」
及川部長が薄く笑う。
「日下くんに事情聴取しますか? 既に十八歳ではあるが、一応高校生です。あなたとのトラブルに巻き込まれれば、進学への影響は避けられませんが……」
恭子は席に戻った。その通りだ。健士は恭子の応援団を名乗り出て、積極的に『一千年前の恋 源氏物語の世界展』が成功するため、全力を尽くしてくれた。そそればかりではない。恭子にとって、健士は大切な存在だった。会社のトラブルには巻き込みたくない。
それが大切な人に対する恭子ならではの態度だ。
「要するにだ」
大橋社長が全員を見回す。残忍な表情が恭子に向けられた。
「或いは誤解だったのかもしれない。問題は、君が部下や上司から信頼を失っているという事実だ」
大橋がドンッと音を立てて机を叩く。
「セクハラの事実があるかどうかの問題ではない。そう思われているという事実が問題なんだ。そんな人間は会社には不要だ」
大橋は冷たく、恭子を見据えた。及川や本多、そして松山もそれに倣った。
「杉野さん。何か反論があるなら言いたまえ。やはり日下くんに話を聞いたほうがいいのか?」
恭子はスマホに保存した健士とのツーショットを心に浮かべる。
(日下くん。私も君のこと大好き。だからこれ以上、愛する人を巻き込みたくない)
恭子は立ち上がると深く頭を下げた。
「いいえ。会社の処分を受け入れます」
その場に居合わせた全員が、恭子に見えないように心の中で爆笑していた。恭子は十五枚の書類の入ったファイルを差し出した。
「ただ『千年前の恋 源氏物語の世界展』の企画原案。今日、プリントしてプロジェクト会議で検討するつもりでした。第二グループに提出しますので、何かの参考にして頂ければ……」
恭子はファイルを大橋社長に手渡そうとした。
「あなたの企画原案なんか要りませんよ。杉野主任」
松山の意地悪い声が背後から聞こえた。大橋社長はファイルを床に放り投げた。プリントされた紙が床に広がった。恭子の忍耐の糸が切れた。涙がどっと落ち、化粧が台無しになった。恭子は企画書原案を拾い集めてファイルに収めた。
「第二グループの企画書はほぼ完成している。このイベントを通じて商品化やコラボを進め、大きな利益を挙げようとする優れた企画書だ。未だ原案しか完成していない第一グループとは大違いだな」
及川部長が付け加える。
「それにだ。この会議はあなたに対する調査委員会で、あなたの作文を読む場ではないんだ。分かるかな」
高木総務部長が声をかける。
「処分が決まるまで自宅謹慎してもらおうか。正式な書類はすぐ作成する」
恭子は企画原案を手に、たったひとりで会議室を出た。廊下の奥に山崎たちの姿が見えた。
彼らに背を向けた。涙がまたどっとあふれ出て何も見えなくなった。れけれども心の目は、日下健士のはにかんだ表情をしっかりと見つめていた。
(ごめんなさい。あれだけ助けてもらったのに)
涙の大雨が、手にした企画原案のファイルに降り注いだ。