十数分後。健士が会社から出てきた。物陰に隠れている人々のことは、何も知らない。恭子から預かった三万円札を手の中で広げた。恭子の言葉を思い出す。

「やっぱり食事の材料費支払います」
「絶対、要りませんからっ」
「待って。それなら私の夕食、朝食の件はお断りします」

 歩きながら健士は肩をすくめる。

「イヤだなあ」

 憂鬱な健士。だってこれでは、給料と経費を支給される家政婦さんと変わりないじゃないかと思うのだ。
 だが物陰にいた山崎と三神には、健の思いなんか分からない。

「現金を押しつけられ、家で待ってるように言われたんだ」
「やっぱり山崎くんの言う通り、セクハラかしら」

 ふたりはそのまま、そっと健の後をつける。そして健士が恭子の自宅に入るのを確認すると、満足そうにうなずいた。
 不意に山崎の肩が叩かれた。

「お疲れ。よくやってくれたじゃないか」
「松山さん、見ましたか? どうです」
「エエーッと、日下くんだったか。彼は杉野さんから現金を受け取っていた。非常に苦しそうな表情をしていた。そして独身の杉野さんの家に入って行った。金を押しつけられ、ムリヤリ関係を迫られた。セクハラのよくあるパターンじゃないか? 君ら源氏物語の本なんてつまらん本なんか読まなくていいからな。あの人はもう終わりだ」