「美味しそう」

 恭子は声をあげた。恭子の自宅のキッチンのテーブルには、健士の用意したディナーが並んでいる。
 お皿の一枚にハマチとサーモンのお刺身が盛られ、もう一枚にヒレカツ、ミニトマトとキャベツの千切り、そしてお椀にはマイタケのたっぷり入った味噌汁。どのおかずも少しずつ丁寧に盛られて、食卓に鮮やかな色どりが広がった。
 魚の苦手な恭子も、これなら楽しく美味しくいただけるような気がした。
 健士は、恭子に喜んでもらえるか、心配そうに見つめている。

「いただきます」

 明るい声がキッチンに響き渡る。恭子は満ち足りた気分でディナーの時間を過ごした。健士はタイミングを見計らったように、お茶を出してくれた。
 会社で飲んだ香り豊かなお茶を、自宅でゆっくりと味わうことが出来た。恭子の満足そうな表情に、健士もホッとした顔をしている。

「日下くん、聞いてもいいですか? このお茶はどうやって淹れたんですか。私も安い緑茶しか買わないんだけれど、会社で飲んだとき以上の美味しさだわ」
「じゃあ、もう一杯飲まれますか?」
「もちろん。でもどうやって淹れたか教えてください」
「ものすごく簡単です。杉野さんもすぐに出来ます」

 こんな美味しいお茶を、恭子がすぐに淹れることが出来るようになるなんて……。すぐには信じられない。

急須(きゅうす)の口に茶こしをかけ、お茶の葉を入れます。そこに冷たい水を注ぎます。そしてお茶の葉が柔らかくなるまで待ちます。それから急須にたまった水は捨て、改めて沸騰したお湯を注ぎ、三十秒くらい蒸らしてから、湯呑茶碗(ゆのみちゃわん)に注ぐんです。それだけでお茶の葉の甘みが出てきて、コクのある味になるんです」
「日下くん、どうしてそんなこと知ってるの?」
「勉強したんです」
「勉強?」
「杉野さんを応援できるように、日本茶のインストラクターの資格も獲りました。家庭料理専門の料理学校の短期コースに通って卒業しました。杉野さんが喜んでくださり、本当によかったと思っています」

 健士の目が潤んでいた。恭子は思わず健士をハグしていた。そしてキッス。今夜は何回したのだろう?
 何回でもいいっ。健士の応援さえあれば、きっといい企画書が完成するはずだ。恭子は心からそう信じていた。