恭子は健士と向かい合って立った。健士の顔を正面からしっかり見つめる。健士の頬がバラ色から真っ赤に染まった。全身が小刻みに震えている。それでもずっと恭子から目を離さなかった。

「杉野さんはとってもカッコよく……」

 言葉に詰まる。思わず目を閉じる。

「ステキな方だと思います。けれど最近、疲れておられるようです」

 恭子はハッとする。年下の友だちはちゃんと気がついていたのか。恭子の心が激しく動揺した。動揺したというよりときめいていた。だが恭子は、健士の十一歳年上のワーキングレディとしての威厳を何とか保った。

「そうですか? 仕事が忙しかったし、そうかもしれません」

 出来るだけ冷静な口調を返す。

「ただ私が疲れていからと、わざわざこの会社でアルバイトする必要はないと思います。よく考えたんですか?」

 恭子はあくまで年長者の立場から冷静に健士に問い質す。本当はある推理が恭子の心の中を支配していて、恭子自身、この推理が絶対に間違いないと信じていた。

「僕、 その……杉野さんを応援したいと思ったんです」
「その気持ちは大変嬉しいけれど、高校生のあなたが広告代理店の仕事を手伝うといっても大きな壁があります。私は日下くんが学業に専念してくれたほうが、応援になります」
「は、はい」
「おこづかいを稼ぎたいなんて名目でしょう。日下くんのプライベートはよく知らないけれど、日下くんがお金で動く人間ではないということはよく知っています」
「す、杉野さんは僕のこと、説明を聞かれたのですか?」
「『あなたの広告会社』の顧客の親類のお子さんで、会長を通じてアルバイトを申し込んだと聞きました」
「そ、そうです。この会社で『一千年前の恋 源氏物語の世界展』の企画書を作成すると、お聞きしました。僕、『現代文』と『古典』は成績優秀なんです。母の影響で、僕も『源氏物語』のファンなので、杉野さんのお役に立てるかもしれないと思ったんです。知ってますか? 僕の名前、『光源氏(ひかるげんじ)』からとったんです。」
「ありがとう。ただ冷静に考えて『源氏物語』のファンでも、フェスティバルの企画をつくるのに役立つとは思いません。でも日下くんの気持ちは嬉しかった」

 恭子は胸のときめきを何とか抑えて、大人の対応でこの場を収めようとする。だが健士は首を横に振った。

「少しお待ちください」

 健士は事務室の隅の自分のロッカーからカバンを持ってくる。カバンの口のチャックを開ける。

「す、杉野さん。あの、こ、これが必要ではありませんか?」