「さてと会議を終わる前にひとつ報告がある」

 大橋社長が一同を見回す。さっきまでとは違ってリラックスした態度である。

「アルバイトをひとり採用することになった」
「アルバイト……ですか?」
「お茶を出したり、備品を購入したり、掃除やゴミ出し、資料のコピーなどをしてもらう。うちは中小だから総務部のメンバーが兼任していたが、今後は彼に任せる」
「学生ですか?」
青陵高校(せいりょうこうこう)に通っていると聞いた。高校三年で十八歳だ。学校の許可も取ってあるので心配ない。授業が終了してからこちらに来て、七時半まで仕事をしてもらう。土日は一日入れる」
「特に今の体制でやりくり出来ないことはないと思いますが……」

 大橋社長の機嫌が悪くなった。この件にはほとんど興味もないらしい。

「だからな。昔からの顧客の親戚の子どもか何かなんだ。アルバイトでおこづかいを稼ぎたいらしい。顧客から父に話があって断り切れなかったらしい」
「おこづかいのためですか?」 
「そんなとこじゃないのか? この件は父を通じて話があったから、これ以上、オレにだな。何か言われても困る。適当にやらせておけば、それでいいんだ」

 いくら会長からの話とはいえ、随分無責任な態度だ。恭子は眉をひそめた。恭子には大橋社長の心の中が見えた。

(顧客の親戚の子どものアルバイトを引き受け、顧客の機嫌をとればいいのだろう。どうせ、会長に話を持ってくる顧客など、大して金にもならない零細企業か個人事業主だ。どうでもいい)

 会議室を見回すと、ほとんど興味もなさそうな表情がズラリと並んでいる。高校三年と聞いて恭子は、「年下の友だち」の日下健士のことを思い出した。どんな目的だろうと、せっかくアルバイトに来る少年にこんな歓迎はないはずだ。真面目にしっかり働いてもらえば会社にとっても役立つし、彼の将来のためにもなるはずだ。恭子はそっと社長に声をかけてみる。

「いつから来るんですか?」
「応接室で待機してもらっている。すぐ呼んできてもらおう。清水さん!」

 社長秘書の清水芽衣子(しみずめいこ)が大橋社長の命令で、アルバイトの少年を呼びにいった。

(とにかく気持ちよく仕事してもらわなきゃ)

 大橋社長が思い出したように手を叩いた。

「杉野主任。君の直属ということで頼む。ほかの人も頼みたいことがあれば、杉野主任を通してくれ」

 恭子が何かいう隙もなかった。

「それでいいですな」
「頼みますよ」

 続いて松山が笑いを浮かべる。

「杉野主任のグループはなかなか仕事が大変なようですからね。仕事の効率化に貢献するかもしれません」

 アルバイトの少年は、恭子の下で働くこととなった。やがて会議室のドアが開いた。