「今日も遅いと思うから、気を付けて帰ってきな」
「うん、お姉ちゃんもー」
彼女の背中に向かって声をかけると、そんな軽い返事だけが返ってきた。
菜乃花にはまだ高科さんのことは話していない。この関係が説明できるようになったら、話そうとは思っている。
だから、今日もやんわりと遅くなるとだけ伝えていた。
あの子の中では、私に男性の影ができたことはなんとなく察しているようだ。高科さんの家に泊まって、三日ぶりに自宅へ帰ってきたときも『そのうちちゃんと説明してよね』なんて鼻歌交じりに言っていた。
いつか恋人だと紹介できる日がくればいいな。
最後の一口、食パンをかじりながらそう思った。
「お疲れさまでした」
定時になると、今日はみんな一目散に帰っていった。
台風が来ていることもあって、いつもだらだらと残っている人たちも、荷物をまとめてさっさと帰っていく。
私もひどくなる前に買い物をすませて、高科さんの家へ向かいたい。
十七時ピッタリにはパソコンを閉じた。
急いでエレベーターに向かう途中、扉の前でぶつかって鞄を落とした。
「すみません」
慌てて散らばった財布やポーチを拾っていたら、転がったボールペンを持ってぶつかった相手の人が近づいてきた。お礼を言おうと顔をあげると、加賀美くんの姿が見えた。