「よし、もう大丈夫そうだな」
お昼ごろ、川瀬さんが家を訪ねてきた。寝室のベッドで枕を背に体を起こし、診察を受けた私の手首からは点滴の針が抜かれた。
「驚いたよ。まさかあの朝倉さんが、伊織と再会して付き合ってるなんてな」
医療用具を片付けながら、彼は感慨深そうに頷く。
「あいつ本当秘密主義だからさ。そういうのなんも教えてくれないの」
勝手に話が進み、目が点になる。
あの朝倉さん、に一瞬引っ掛かりながらも、そのあとに続いた言葉に慌てて声を出した。
「いえ、違います。付き合ってるとか、そんなんじゃなくて」
「え、そうなの? てっきり」
「はい、全然。私が彼女なんておこがましいです」
キスをしたり、デートをしたり、いい雰囲気だと思うことは何度もあるけれど、胸を張って彼女だとは宣言できそうにない。
頭の片隅に莉央さんの存在もちらつき、いまだに一歩を踏み出せずにいた。
「大丈夫?」
考え込んでいたら、無意識のうちに顔がこわばっていた。
「あいつから聞いたでしょ。記憶のこと」
「……はい」
「つらいよね。好きな人が自分のこと覚えてないって」
目を覚ましてから、同じ高校だと言う川瀬さんのことをずっと考えていた。しかし、どんなに思い出そうとしても記憶の中には見つからない。
それなのに、私のことをよく知っているように言う話し方が不思議で仕方なかった。