卒業式の帰り道、横断歩道を渡っていた彼のもとへ信号無視の車が突っ込んだ。幸い怪我は骨折だけで命に別状はなかったものの、頭を打った衝撃で意識が戻らなかった。
二週間後、やっと目覚めた彼の記憶は高校二年生の自分に遡っていたらしい。
医者にはなにかの弾みで急に思い出すこともあると言われたが、治療法はなく、結局今日まで記憶が戻ることはなかった。
事故の時に携帯は壊れ、いまだに連絡を取っているのは本当に近しい数人だけ。彼の記憶について知っているのも、ごくわずかだった。
事故当時を振り返る高科さんは、どこか他人事のようだった。
「……朝倉さんは知ってるんだよね。記憶失った間の俺のこと」
無理矢理微笑む高科さんは、とても悲しくてつらそうに見えた。
小さく頷くと、消え入りそうな声で「そっか」と囁く。
彼に寄り添う言葉はどこにあるのか。頭の中のいろんな引き出しを開けてみても、そんな都合のいい言葉は見つからなくて、黙って見つめていることしかできなかった。
自分の記憶の中にぽっかりと空白の時間があるなんてどんな気持ちなんだろう。想像もできない境遇に胸が苦しくなった。