「すみません、どなたかとお間違いではないでしょうか」


 しかし、返ってきた言葉に肩の力が抜けていく。恐れていたどんな想像ともまるで違っていた。


「もし、だれかお探しでしたら――」
「いえ、いえ……すみません。失礼しました」


 とても他人行儀な、というより他人に対する態度。

 人違い、だった?

 困ったような顔をする彼の表情には嘘なんてひとつもなさそうで、恥ずかしくてたまらなくなった。

 男性はこちらに一礼したあと、すぐに背を向けて先輩らしきもうひとりのパイロットのもとへ合流する。

 きっと今、ふたりの間では「知り合い?」「いや、知らないんです」なんて会話が交わされている頃だろう。


「ねえ、今の人かっこいいー。お姉ちゃん知り合い?」
「そう、だと思ったんだけど」


 自信なさげに言いつつも、後ろ姿をぼんやりと眺めながら、どこか腑に落ちずに首をかしげる。今日まで決して忘れたことはない。彼のことだけは、どんなに時間が経とうとも見間違えるはずはない。そう勝手な自信をもっていたから。


「え、なに、ナンパしたの?」
「違うよ。あー、もう行くよ」


 騒がしい妹の腕を強引に引き、足早に歩き出す。

 本当に別人だったのだろうか。

 菜乃花の車に乗り込んでからも、ずっとそんなことばかり考えていて、話しかけられてもどこか上の空だった。

 助手席でただひたすら移り変わる外の景色を眺めながら、先輩の困ったような表情が頭から離れずにいる。

 世の中には似ている人が三人はいると聞いたことがある。だけど、どうにも信じられない。本当にあんなに似ている別人が存在するのだろうか。ぐるぐると答えのない難題に悩み、大きなため息が出た。


 成田空港から車で三十分ほど走って、二階建ての一軒家の前に到着する。大学生の頃まで住んでいた実家。学生時代の思い出はすべてここに詰まっている。

 そう思ったら、ハッとして体が勝手に動いていた。