ああ、頭が重い。
ひとりになって、気を張っていた体が解放される。
このまま帰ってしまいたいけれど、鞄を取りに戻る気力も、大通りに出てタクシーを拾う体力も残っていない。
頼みの綱だと言わんばかりに加賀美くんに助けを求めようと、スマホで彼の名前を探した。
そのとき、頰にひんやりと冷たいなにかが当たる。ビクッとして目を見開くと、ペットボトルを持った高科さんがいたずらっ子みたいな顔で笑っていた。
「はい、飲んで?」
水滴が少しだけ頬に伝い、彼の指がそっと私の頬をなでた。
「今ね、君のお友達とうちの先輩、凄く良い雰囲気で話してる」
「え?」
「なんとなく戻りづらくて、帰る口実に朝倉さん使っちゃった」
ごめんね、と付け加える彼は私の鞄を見せて微笑む。
すぐに強がっていた私への優しさだと気づいた。私が帰りやすいように、理由を作ってくれたのだと――。
家の前に到着した。
ハザードランプをつけたタクシーを待たせて、彼はマンションの下まで送り届けてくれた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ」
一言そう微笑んで、「じゃあ」とあっさり背を向ける。
彼の背中がなんだかすごく遠くに感じた。
「先輩……」
頭で考える前に身体が勝手に動いていた。
俯いたまま服の袖をつまんで引きとめた私は、ずっと溜め込んでいた言葉をついに口にした。