すると「いや」と言いかけたまま、さりげなく肩に触れられた。そっと引き寄せられたかと思えば、店内から出てきたカップルとすれ違う。


「戻ってくるのが遅かったからちょっと気になって」


 ふたりの距離が少しだけ近づいた。


「そしたらナンパされてるんだもん。間に合ってよかった」


 風が舞う。安心したように微笑む彼と目が合って、攫われた髪が紅潮した頬を露わにした。


「このまま少し話していきません?」
「あ、でも……」
「戻ると、莉央に捕まりそうなので」


 店内を気にする素振りを見せると、彼は冗談交じりそう言って笑った。

 誘ってもらえて嬉しいのに、どこかちくっと胸が痛むのは、莉央さんの存在がちらつくからだろう。高科さんの口から彼女の名前が出るたびに、胸が苦しくなる。


「莉央さんって、綺麗な人ですよね」


 こんなことが言いたかったわけじゃない。そう言われたら誰だって頷くしかなくなって、さらに傷つくだけなのに。私はなにを言っているんだろうと、自分のバカさ加減に呆れていた。


「ああ、まあ一般的には綺麗なのかな」


 しかし、彼は私の想像に反して首をかしげながら曖昧な返事をした。


「俺はどちらかというと、朝倉さんの方が綺麗だと思いますけど」


 続けて、なんの恥じらいもなく、さらっと口にした。

 一瞬、息をするのを忘れかけた。

 じわじわと熱がこみあげてきて、頭が一気に沸騰しそうになる。

 もう俯くだけでは隠し切れない動揺を、分かりやすく手で覆い隠した。

 そこで初めて自分の発言を理解したのか、小さく「うわ……」と聞こえた。

 なんとなく話すタイミングを失った。お互い探り合うように様子をうかがいながら、行き交う人を何人見届けただろうか。