「もういいよ、私の話は。次なに頼もうかなー」


 慌てて話題を変えようと彼が持つメニューを覗きこもうとした。


「私に恋愛は向いてません。仕事に生きることを誓います」


 しかし、加賀美くんの口元が動いて固まった。

 なんの感情もなく、一本調子で発せられた言葉。どこかで聞いたようなセリフだ。

 氷が溶けて薄くなったハイボールに手を伸ばす彼は、見てもいないメニューに視線を送りながら、一口。また一口と、無言の圧をかけてきた。

 未奈子に不思議そうに見られ、苦笑いを浮かべる。


「そういえば、そんなこと言ったね」
「どこが仕事に生きる、だ。恋愛モードになるの早すぎだろ」


 たしか、海外赴任前に加賀美くんと最後に会った日。イギリスで彼氏作って帰ってくるんじゃないぞ、と釘を刺され、笑ってそんな宣言をしたのを思い出した。

 前の恋人と別れたばかりだったし、そんな気分になれるわけないと軽く言ったつもりだったけれど、さすがに私だって恋愛くらいしたいとは思っている。


「だったら早く作ってよ」


 だんだん腹が立ってきた。自分に彼女ができないからって、彼氏作るな、恋愛するな、なんておかしい。


「彼女。なんで作らないの」


 すべては加賀美くんに恋人がいないのが原因だ。

 私は前のめりになって、真剣に彼をじっと見つめた。


「なんだよ、急に」
「だって私の知る限り、もう四、五年はいないでしょ?」


 やっと視線がこちらに向いた。鳩が豆鉄砲を食ったように、つり目がちな瞳がきょろきょろと動揺しているのが分かる。


「社内でも何気にモテてるのに、おかしい」


 学生の頃から長く付き合った彼女と別れて以来、彼は誰とも付き合っていない。愛想がなくて口は悪いけど仕事はできて頼りになるから、密かに想いを寄せている女性社員がいるのを知っている。

 少し色黒で長身の彼はスポーツマンっぽいルックスをしているから、学生の頃も比較的モテてきたらしい。同期として仲がいいから、たまに付き合っているのかと彼を狙っている先輩から探りを入れられた経験もあるくらいだ。