あっという間の時間だった。

 もう、こんなチャンスは二度とないかもしれない。心のどこかでそう訴えかけてくる自分がいて、意を決してあとを追いかけた。


「すみません!」


 自動ドアを抜けると、陽だまりみたいに暖かな日差しとともにふわっと爽やかな風が顔に触れる。同時に、足を止めた彼がゆっくりと振り返った。


「この前の」


 小さく声を出す彼に慌てて会釈し、近づいていく。

 緊張で喉がカラカラだ。

 なにも考えずに突っ走ってきてしまった。一歩ずつ進みながら焦っていたら、不意にポケットに手が触れハッとする。

 慌てて名刺を差し出した。


「私、ボブ・ズ・コーヒーの朝倉静菜と申します」


 そうだ、名前を見れば気づいてくれるかもしれない。静菜ちゃん、なんて呼んでいたから、苗字を言われてピンと来なかっただけかもしれない。

 十年前の記憶なんてそんなものだと自分に言い聞かせながら、一縷の望みをかけて彼の反応を待った。


「ご丁寧にどうも」


 しかし、視線を落とした彼は突然渡された名刺に戸惑っている素振りは見せたが、なにかに気づいた様子は感じられなかった。

 沈黙が続き、風の音が余計に静けさを強調させる。

 間をつなぐように向けられたぎこちない笑顔に、胸が苦しくなった。


「あの、先日は突然呼び止めてしまってすみませんでした。知り合いにとてもよく似ていたので、つい」


 彼は、高科先輩ではない。

 困ったように笑うその反応が、すべてを物語っていた。すみません、と続ける私はまともに目も合わせられず、自嘲気味に笑って胡麻化した。