「僕は、お姉ちゃんがいないとダメなんだよ」

溢れる涙とすする音、僕の叫び声が雨音にも負けないくらい響いている。僕は一体何をしているんだろう。第一この人は僕の姉じゃなくて…千佳ちゃんは姉の親友だった人だろう。

「知ってる、よ。シツルだって七絃くんのこと大好きだったんだから」

チカさんが柵を登りながら口に出した。僕とは違い、決して小さくは無いけど冷静な諭すような声で。僕は顔を下に向けた。
僕の姉の親友…?脳裏に現れた自分の記憶を疑う。僕に姉なんかいない、「千佳ちゃん」なんて僕は知らない。僕が知っているのは「チカさん」だけだ。それにチカさんの言う「シツル」は誰?

「あっ…」

チカさんの声に顔を上げると手を滑らせて池に落ちそうになっているところが、スローモーションのように見えた。ずっと腕を掴んでいた手に力を入れて引っ張る。

「…お姉、ちゃん」

口から漏れた声は、今僕が助けようとしている人の名前ではなかった。