「あらまあ」

 祖母は骨張った指先で、そっと着物を撫でた。

「このへんは昔、麻織物の生産地で有名ぜね。麻の繊維は乾燥すると脆くなるすけ、雪の湿気がほーんによかったの。越後上布は重要無形文化財に指定されてるしね」
「そんなにすごいものなの?」

 私がビックリしていると、祖母は事もなげに言う。

「今なら、百万円以上はするぜね。苧麻の繊維を髪の毛ほど細かく裂いて、糸を撚るところから全部手作業だすけ」

 危うくそれを捨てるところだったのだ。私だけじゃなく、母も青くなっている。

「通気性がなまらよくて、蝉の羽みたいに軽いねや。夏はこれ着て祭りへ行ったの、覚えとろっか?」

 母は困った顔で、ふるふると首を振った。祖母は残念そうに笑い、遠い目をして続ける。

「他のふるしー着物はびちゃったけど……。これは嫁入り道具に母が縫ってくれたすけ」

 祖母にとっては、その着物の価値よりも、曾祖母との思い出のほうが大事だったのだろう。だからもう着ないとわかっていても、捨てられなかった。

「奈央ちゃん、着てみねっか?」
「え、私が? ダメだよ、そんな高価なもの」
「タンスの肥やしにするよりは、いいぜね。奈央ちゃんは、背格好も同じくらいやしね」

 確かに祖母と私は小柄だが、母は頭ひとつ分背が高い。母に譲らなかったのは、それが理由だったのだろう。

「だけど、管理もできないし」
「大丈夫。しかもか天袋に放っといても問題なかったすけ」
「その、ひとりじゃ着られないでしょう?」
「美容院でしてくれっろ。着付け教室に行ってみるのもいいねっか」
「えっと、ほら、クリーニング代もかかるじゃない?」
「これは麻らすけ、あちこたないよ」

 何を言っても、すらすらと反論されてしまう。軽度の認知症を患っているとは思えない。

「ね、もらってくんなせ」

 祖母の懇願するような瞳を見て、私はついに首を縦に振った。

「ありがとう、いただくわ」

 絶対着ないとわかっているのに。祖母は大喜びで私の手を握り、曾祖母の思い出をつらつらと語り続けたのだった。