「きも、の?」

 和紙のようなものに包まれていたのは、濃紺の麻織物だった。手に取ってみると、薄くて向こうが透けて見え、妙にひんやりとしている。
 もう和装することなんてないからと、祖母は和箪笥と共に着物を処分したはずだった。どうしてこれだけ、後生大事に取って置いたのだろう。

 この着物だけは、特別だったのだろうか?

 さらりとした手触りの、綺麗な布ではある。しかしそこに、どれほどの価値があるのか。
 着物は日本の伝統文化だと、もちろん理解はしている。でもそれだけだ。

 私が最後に着物を着たのは、成人式の日。とにかく息苦しかったことしか記憶になく、正直もう二度と着たくないと思った。
 私の苦い思い出はともかく、大半の日本人が特別な瞬間にしか着物を着ない。祖母だって、私が記憶している限り、この着物を着ていたことはないのだ。

 いずれ、廃れていくだろう。着やすく手入れが楽であることには変えられない。祖母だってわかっていただろうに。

 他の衣類と一緒にゴミ袋に詰めることも考えたが、なぜかそれはできなかった。
 祖母が特別扱いした理由が知りたい。私は手近な風呂敷に包み直すと、戸締まりをして車に乗り込んだのだった。