「ちょ、奈央!」

 私は立ち上がって踵を返していた。健司がまだ何か言っていたが、一度も振り返らず、エレベーターに飛び乗り、やっと涙が零れた。

 熱い液体で頬が濡れると、自分の馬鹿さが加減が思い知らされていく。後から後から溢れる涙を手の甲で拭いながら、私はエレベーターを降りた。

 どうして何も、見抜けなかったのだろう?

 あの口ぶりでは私以外にも恋人はたくさんいたはずで、唐突なデートの日程変更なども、きっと女がらみだったに違いないのに。
 健司に対して怒りはあったが、それと同じくらい自分の愚かさにも腹を立てていた。初めての恋に有頂天になり、いいように利用されたことが許せなかったのだ。

 あれ以来、健司とは連絡を取っていない。

 家に押し掛けられたらどうしようかと思っていたが、幸いストーカー化することはなかった。まぁ自分の昇進と結婚で、別れた女のことなんて眼中にないのかもしれないけれど。