「いいよ、あの企画」

 強面の編集長が開口一番言った。滅多に笑わない彼の口角が上がっていて、私は思わず身を乗り出す。

「本当ですか?」
「あぁ。カジュアルに着物を着るなんて、面白いじゃないか」

 企画書に目を落とした編集長は、顎に手を添えてうなずいている。

「そりゃ日本舞踊やお茶の席で、そういう着物はマズいかもしれないが、若い人が楽しく着る分には全然良いと思うぞ」
「じゃあ」
「連載だ。これから忙しくなるぞ」
「ありがとうございます!」
「この女性も男性も、っていうのもいいんだよな。お洒落な着こなしをしたいって気持ちに、男女は関係ないし、昨今の多様性っていうテーマにも繋がってる」

 編集長は顔を上げて、こちらを探るような目つきをした。

「何かきっかけでもあったのか? 堤はあまりお洒落って感じでもないし」

 それって失礼じゃないですか、とは言えずに、私は苦笑して答える。

「実は偶然、祖母から着物を譲り受けたんですよ。呉服店に相談しに行ったときに、三十代くらいの若い和装の方にお会いして」
「男性か?」

 不意打ちだった。哲朗の姿が思い浮かび、心臓がギュッと掴まれたようになる。彼の姿を思い出すだけで、こんなにも動揺するなんて。私は困惑しながら曖昧にうなずく。

「え、えぇまぁ」

 胸のあたりを押さえながら返事をすると、編集長が思いがけないことを言った。

「だったら取材をお願いしたらどうだ。女性より男性の方がインパクトありそうだし」
「いや、でも、ご迷惑になったら」
「はぁ? 記者がそんなこと言ってたら、来年契約更新できないぞ」

 全く以てその通りだ。普段の私ならあり得ない発言なのに、哲朗のことになると、尻込みをしてしまう。彼にもう一度会えるのは嬉しい反面、戸惑いも大きい。

 惹かれている自覚があるから、怖いのだ。また健司のようなことになったら、もう立ち直れないかもしれない。

「仕事は何をされてる方なんだ?」
「和カフェを経営されて」
「ますます良いじゃないか! しっかり話聞いてこい」

 編集長は食い気味に言い、立ち上がって私の背中をパンパンと叩いた。

「頑張れよ」

 こんなに期待されたのは、入社してから初めてだ。私は覚悟を決めて「はい」と答え、急いで自分のデスクに戻ったのだった。