「素敵ですね。志を持って、日本の伝統を守ってらっしゃるなんて」

 男性は頬をほんのりと上気させ、すっと視線を逸らした。

「いえ、そんな大層なことでは」
「ご謙遜なさらないでください。着物を着るって、時間も手間もかかりますし、かなり大変じゃないですか。それを毎日、しかも和裁士の資格まで取るなんて、本当に着物を愛していないとできることじゃありませんよ」

 男性は私の剣幕に驚いたのか、一瞬息を呑んだ。
 軽くまばたきしたその瞳には、驚きと困惑だけでなく、意を決したような輝きが宿っている。熱っぽいまなざしが私に注がれ、今度は私の方が赤くなってしまう。

「ありがとうございます。いつも古くさいとか時代遅れとか言われてたので、すごく嬉しいです」

 深く頭を下げられ、私は困ってしまってうつむく。

「御礼なんて言わないでください。罪悪感みたいなものなんですから」

 私はそっと自らの着物に手を添え、勇気を出して続ける。

「物知らずで恥ずかしい話ですけど、実はこれ、危うく捨ててしまうところだったんです。だから着物を大事になさっているのを見て、応援したくなっただけで」
「知らなければ、これから知っていけばいいだけですよ。それに着物を大事にしようと思ったから、このお店にいらっしゃったんでしょう?」

 男性は優しく、そして力強く微笑んでくれた。私は彼の瞳に心を掴まれ、顔が熱を帯びているのを感じた。

「え、えぇ」

 男性は胸元から名刺を取り出し、私に渡しながら言った。

「僕、近くで和カフェを経営しているんです。もしよかったら遊びに来てください。コーヒー一杯くらいご馳走しますよ」

 山崎哲朗という名前の裏には、雰囲気のあるカフェの外観と住所が印刷されていた。