二度目の発砲。
最悪の事態だ。
ガコンと何か鉄製の物に当たる弾丸の音がした。だから恐らくは威嚇射撃だろうが、万が一人質に……。
考えるべきは人命の最優先。
だが、極度の興奮状態の犯人に対しての対応には絶望感が漂う。
その空気を「は〜」と言うため息に具現化し、絶句が蔓延する捜査本部内。
「あ! 春男後ろ見て!」
「え?」
後ろ?
言われるがまま振り向く。
「バカが見る〜♪」
「…………」
俺はこの事件の総指揮官として、冷静な判断を粛々と行わなければならない。そして人質の誰一人として傷さえも負わせない――。
だが、これは夢か?
そう思うのも無理もないと思わないか?
最悪の状況、そして眼の前にはネゴシエーターと自称する少女、そしてイジられている俺はこの事件の総指揮官なのだから。
「春男。駄目だよ、ため息なんかついちゃ」
その言葉に破れかかった堪忍袋の尾を結び治し、少女に問い掛ける。
「お嬢さん、これは遊びじゃないんだ。たくさんの人命が関わっている重要な事件だ。だから、あんまりふざけてると、おじさんも怒るぞ?」
「うん。わかった。春男をイジるのはやめるね。ところで犯人についてわかってる事、教えてよ」
「わかってくれたかい?」
いやいや、違うだろ。
あたかも、俺がいじられる事に対して文句を言ってる様な流れになってないか?
「早くしてよ。状況は切迫してるんだよ?」
どうやらこの子は本当に県警から派遣された人間の様だ。
冷静に考えれば、関係者以外はこの捜査本部に入れるはずがない。
「……あ、ああ。そこの紙に書いてある」
◯猫田と名乗っている。
◯年齢は20代前半と思われる。
「これだけ?」
「あ、ああ」
「お金は?」
「え? あ、一応他の支店が5000万は用意して来た。外の警備会社の車にあるはずだ」
「そっか。わかった。ちょっと待ってね。これから交渉するから、まずは犯人のタイプを把握しなきゃいけないの」
「なるほど。性格とかだな?」
「うん。もちろんそれもあるよ。でもね、まずは犯人のタイプがプロなのか? 衝動的な犯行なのか? 精神疾患の方なのか? それを把握しなきゃね」
「お嬢さんの言う通り、確かにそうだ。だが――」
「くるみ」
「あ、ああ……わかったよ、くるみちゃん」
「無事に人質を解放するには、犯人のタイプによって交渉の進め方を変えなきゃいけないの」
「……猟銃と時限爆弾を持っていると言う事は、用意周到に計画をしていたに違いない。と言う事はプロか?」
「犯人がプロの場合、要求が明確なの。例えば金銭、政治、国際問題とか、目的もはっきりしてるよ」
「じゃあ今回の犯人は金銭的な要求をしているから目的が明確だ。やはりプロによる犯行か? それなら、政治犯、強盗犯の前科データを抽出する様に本庁に依頼――」
「決めつけるの早いよ。今までの春男の交渉内容じゃ材料が少なすぎるよ」
駄目出しをされた様な気がした。
ブブブブブ……
「あ、携帯震えてるよ。県警って書いてあるよ。春男、出なきゃ」
「あ、ああ、わかった……県警?」
少女は俺の耳元に密着。
携帯電話から漏れる話し声を聞く体制を整えた。
「春男、加齢臭? 臭いよ」
「…………」
『は、はい。徳川』
『県警の志村だ』
『あ、志村警部。ちょうど良かった。交渉人について確認したい事が――』
『犯人を名乗る男から、ラジオ局に連絡が入った。ナンバーディスプレイの表示も銀行の固定からだ』
どいつもこいつもなんなんだ。
話を聞けよ。会話のキャッチボールをしろよ。
『ラ、ラジオ局から?』
『現在放送中の番組内でリクエストの曲を流せと言う内容だ。そして、自分のお気に入りのDJに放送を変更、自分の今の犯行を実況し、スターの様な扱いで賞賛しろと言う内容だ』
『は? なんなんです? それは?』
『DJに関しては一応局の方に待機させてもらう様に話をしておいた。犯人から確認されるかもしれんから、把握しておいてくれ』
『…………』
ガチャ、プープー
「どういう事だ……」
電話が切れた後、思わず俺は呟いた。
「春男。これは衝動的な犯行だよ」
少女の顔つきが変わった。
「は?」
「1975年に公開された映画『狼達の午後』に状況が酷似してるよ」
「え?」
「私ね、勉強の一貫でこの手の映画、演劇、漫画、アニメは一通り見て来たの。それで思い出したの。この映画は犯人がマスコミの過熱報道で時の人になる様を描いた映画なの。そして、まずは銀行に立て篭もっていると言う事、時限爆弾と猟銃を持っている事、お金と逃走用の乗り物を用意しろと言う要求。こんなに一致するってある?」
「な、なるほど……だが、もし映画を参考にして犯行に及んだのなら、用意周到に計画していると言う視点から、プロの犯行と言う見方も出来ないか?」
「プロだよ? 映画の真似をするなんて、その時点でプロじゃないじゃん」
「…………」
プルルルル――
犯人からの電話が鳴った。
「春男、スピーカーにして出て」
「あ、ああ、わかった」
『はい。本部』
『現状を教えろ。金は用意出来たんだろうな? 時間がないぞ?』
『今は無理だ――人質は全員無事なのか?先程も伝えたが、人質の無事を確認出来たら金は用意する』
『だから、お前が指図するんじゃねぇよ!』
少女は手の平をクルックルッと回して、電話を代われとゼスチャー。
本当にいいのか?
半信半疑、自問自答……そんな葛藤の様な何かをする余裕はない。
『猫田、ちょっと待ってくれ』
俺は立ち上がる。
少女はなんの躊躇もなく、代わりに座り受話器を握る。
『おいっ! 待てってなんだよ!』
『もしもし。はじめまして猫田さん。交渉役を代わった本庁の青森くるみです』
本庁だと?!
どういう事だ?
『……女か?』
『そだよ。猫田さん、あなたを助けに来たの』
仕方がない。
何があろうと俺が責任を取る。
俺は落ちつき払った少女の対応に絶句をしながら覚悟を決めた。
最悪の事態だ。
ガコンと何か鉄製の物に当たる弾丸の音がした。だから恐らくは威嚇射撃だろうが、万が一人質に……。
考えるべきは人命の最優先。
だが、極度の興奮状態の犯人に対しての対応には絶望感が漂う。
その空気を「は〜」と言うため息に具現化し、絶句が蔓延する捜査本部内。
「あ! 春男後ろ見て!」
「え?」
後ろ?
言われるがまま振り向く。
「バカが見る〜♪」
「…………」
俺はこの事件の総指揮官として、冷静な判断を粛々と行わなければならない。そして人質の誰一人として傷さえも負わせない――。
だが、これは夢か?
そう思うのも無理もないと思わないか?
最悪の状況、そして眼の前にはネゴシエーターと自称する少女、そしてイジられている俺はこの事件の総指揮官なのだから。
「春男。駄目だよ、ため息なんかついちゃ」
その言葉に破れかかった堪忍袋の尾を結び治し、少女に問い掛ける。
「お嬢さん、これは遊びじゃないんだ。たくさんの人命が関わっている重要な事件だ。だから、あんまりふざけてると、おじさんも怒るぞ?」
「うん。わかった。春男をイジるのはやめるね。ところで犯人についてわかってる事、教えてよ」
「わかってくれたかい?」
いやいや、違うだろ。
あたかも、俺がいじられる事に対して文句を言ってる様な流れになってないか?
「早くしてよ。状況は切迫してるんだよ?」
どうやらこの子は本当に県警から派遣された人間の様だ。
冷静に考えれば、関係者以外はこの捜査本部に入れるはずがない。
「……あ、ああ。そこの紙に書いてある」
◯猫田と名乗っている。
◯年齢は20代前半と思われる。
「これだけ?」
「あ、ああ」
「お金は?」
「え? あ、一応他の支店が5000万は用意して来た。外の警備会社の車にあるはずだ」
「そっか。わかった。ちょっと待ってね。これから交渉するから、まずは犯人のタイプを把握しなきゃいけないの」
「なるほど。性格とかだな?」
「うん。もちろんそれもあるよ。でもね、まずは犯人のタイプがプロなのか? 衝動的な犯行なのか? 精神疾患の方なのか? それを把握しなきゃね」
「お嬢さんの言う通り、確かにそうだ。だが――」
「くるみ」
「あ、ああ……わかったよ、くるみちゃん」
「無事に人質を解放するには、犯人のタイプによって交渉の進め方を変えなきゃいけないの」
「……猟銃と時限爆弾を持っていると言う事は、用意周到に計画をしていたに違いない。と言う事はプロか?」
「犯人がプロの場合、要求が明確なの。例えば金銭、政治、国際問題とか、目的もはっきりしてるよ」
「じゃあ今回の犯人は金銭的な要求をしているから目的が明確だ。やはりプロによる犯行か? それなら、政治犯、強盗犯の前科データを抽出する様に本庁に依頼――」
「決めつけるの早いよ。今までの春男の交渉内容じゃ材料が少なすぎるよ」
駄目出しをされた様な気がした。
ブブブブブ……
「あ、携帯震えてるよ。県警って書いてあるよ。春男、出なきゃ」
「あ、ああ、わかった……県警?」
少女は俺の耳元に密着。
携帯電話から漏れる話し声を聞く体制を整えた。
「春男、加齢臭? 臭いよ」
「…………」
『は、はい。徳川』
『県警の志村だ』
『あ、志村警部。ちょうど良かった。交渉人について確認したい事が――』
『犯人を名乗る男から、ラジオ局に連絡が入った。ナンバーディスプレイの表示も銀行の固定からだ』
どいつもこいつもなんなんだ。
話を聞けよ。会話のキャッチボールをしろよ。
『ラ、ラジオ局から?』
『現在放送中の番組内でリクエストの曲を流せと言う内容だ。そして、自分のお気に入りのDJに放送を変更、自分の今の犯行を実況し、スターの様な扱いで賞賛しろと言う内容だ』
『は? なんなんです? それは?』
『DJに関しては一応局の方に待機させてもらう様に話をしておいた。犯人から確認されるかもしれんから、把握しておいてくれ』
『…………』
ガチャ、プープー
「どういう事だ……」
電話が切れた後、思わず俺は呟いた。
「春男。これは衝動的な犯行だよ」
少女の顔つきが変わった。
「は?」
「1975年に公開された映画『狼達の午後』に状況が酷似してるよ」
「え?」
「私ね、勉強の一貫でこの手の映画、演劇、漫画、アニメは一通り見て来たの。それで思い出したの。この映画は犯人がマスコミの過熱報道で時の人になる様を描いた映画なの。そして、まずは銀行に立て篭もっていると言う事、時限爆弾と猟銃を持っている事、お金と逃走用の乗り物を用意しろと言う要求。こんなに一致するってある?」
「な、なるほど……だが、もし映画を参考にして犯行に及んだのなら、用意周到に計画していると言う視点から、プロの犯行と言う見方も出来ないか?」
「プロだよ? 映画の真似をするなんて、その時点でプロじゃないじゃん」
「…………」
プルルルル――
犯人からの電話が鳴った。
「春男、スピーカーにして出て」
「あ、ああ、わかった」
『はい。本部』
『現状を教えろ。金は用意出来たんだろうな? 時間がないぞ?』
『今は無理だ――人質は全員無事なのか?先程も伝えたが、人質の無事を確認出来たら金は用意する』
『だから、お前が指図するんじゃねぇよ!』
少女は手の平をクルックルッと回して、電話を代われとゼスチャー。
本当にいいのか?
半信半疑、自問自答……そんな葛藤の様な何かをする余裕はない。
『猫田、ちょっと待ってくれ』
俺は立ち上がる。
少女はなんの躊躇もなく、代わりに座り受話器を握る。
『おいっ! 待てってなんだよ!』
『もしもし。はじめまして猫田さん。交渉役を代わった本庁の青森くるみです』
本庁だと?!
どういう事だ?
『……女か?』
『そだよ。猫田さん、あなたを助けに来たの』
仕方がない。
何があろうと俺が責任を取る。
俺は落ちつき払った少女の対応に絶句をしながら覚悟を決めた。