俺は徳川春男。
 来月本庁の捜査一課特殊班へ人事異動。しかも警視への無試験昇進。 
 今回の事件解決が認められた形かはわからんが、とにかく通達が届いたのだ。
 俺は今、全国グルメサイト口コミ・レビュー評価値第一位完全予約制国内随一超高級国産肉使用全室個室焼肉店にて、ある人物と待ち合わせをしている。

 ガラッ

 障子が開く。 
 「春男、なんで焼肉なの? ウナギが良かったのに」
 悪態をついている待ち人――それは、もちろんネゴシエーター青森くるみ。
 「まあ、そう言うな。とにかく座ってくれ。報告があるんだ」
 「警視になって、本庁に異動するんでしょ?」
 「…………」
 「本庁の女の子達に伝えておいたよ。『交渉駄目駄目なコーラ好きの匂いフェチのキモいおじさんが来るよ』って」
 「…………」
 「そんな事より、早く焼肉奉行やってよ」
 そうだった。
 くるみは本庁の人間だった。
 俺は急遽任命された焼肉奉行を始めようとワイシャツの裾を捲る。
 「あれ? 春男……おしぼり使ってないじゃん」
 「ああ、すまん」
 「ハンカチは持ってる?」
 「…………」
 「春男、汚いよ。あとなんかさっきからニヤニヤしてキモいし」
 「……おしぼりで念入りに拭くとしよう」
 「はい」
 「え? なんだ? これは?」
 くるみは、ラメがはいったテカテカの包み紙をテーブルの上に差し出す。
 「くれるのか?」
 「そだよ。お祝い。中身は39ショップのハンカチ、包み紙は100円均一のだよ。どうせ使わないと思うけど」
 「あ、ありがとな。ちゃんと使う様にする」
 まあ、逆じゃないだけマシか。
 その後はテキパキと焼肉奉行をこなし、途中霜降りカルビを追加注文。
 くるみに対してのささやかなお礼と、ついでの俺自身へのお祝いの会の時間は過ぎていき、最後に今回の本題の話をする。
 「美味しかった。ありがとね、春男」
 「くるみ、お前は一体何者なんだ? 俺も本庁の人間になる事だし、少し身の上を話してくれないか?」 
 「春男、ネゴシエーターの情報はアメリカでも日本でも最重要機密事項なんだよ?」
 「それはわかってる。俺も自分で色々調べたが、一切開示されてない。だが、俺が知りたいのはくるみ自身の事だ」
 「だから、春男はキモいんだよ」
 「は?」
 「刑事さんってすぐ相手を知りたがるよね? 職業病なんじゃない? 女性の事を事件以外で根掘り葉掘り聞こうとするのはやめなよ。キモいよ」
 「……ハハッ」
 「春男は不当評価を受けて昇進した駄目駄目刑事、私はネゴシエーターのくるみ。それでいいじゃん」
 「……そ、そうだな」
 ますますくるみの事がわからなくなった。だがまあ、嫌がっているならやめておこう。
 「徳川春男、45歳、1977年7月21日生まれの蟹座のA型、趣味はクロスワードパズル、食べ歩き。中学高校はテニス部所属――アハハハ! 独身なんだから握るのは自分のラケット? アハハハ!」
 「…………よく、調べたな」
 「そして、警察官になったきっかけは、小学生時代に筆箱盗難事件の濡れ衣を着せられたから……」
 「ああ。間違いないな」
 「私も……」
 「え?」
 「私も小学校一年の時に同じ様な事あった!」
 「…………」
 その後の話は申し訳ないがシークレットにさせてくれ。

 だが、一つだけ暴露しよう。
 青森くるみは偽名だと言う事。
 国家の最重要機密事項である、ネゴシエーター。
 その全貌は世に知られてはいけないのだ。

 しかし、間違いなく俺は見た。
 青森くるみと言うネゴシエーターが今回の事件を見事解決に導いたのを。
 
 第一章 〈完〉


 後書き

 読んで頂きありがとうございます!

 11話でのくるみのセリフ
 「北風に聞いて欲しいね」は、昔のドラマ『ヤヌスの鏡』の最終話で野獣会の会長のセリフです。

 日本にもネゴシエーターと同等の役割をし活躍する方は『SIT』に所属しているらしいです。
 ただ、色々調べても本当に詳細はわかりませんでした。

 今はネット情報社会で様々な事が開示されていますが、私達が知らない機密事項は存在します。
 だから、くるみの様に大人の世界で暗躍する中学生も、もしかしたらいるんじゃないか?
 そう思って頂ければ幸いです。
 何が幸いなのかは知りませんが(笑)

 ありがとうございました。