「嫌なこと?」

私は目を伏せた。

「遠回しだったけど、侮辱するようなことを言われて……。それ以上は聞かないでください」

あの時の気持ちがよみがえりそうになって、私は唇を噛んだ。

「思い出したくないことなら、聞かないよ」

宗輔は穏やかな声で言いながら、私の手をきゅっと握りしめた。

その手を握り返しながら、私は続けた。

「だから同僚たちに頼んだの。私があなたの対応をしなくなれば、少しはそういうことが減るかなと思ったから。……本当にごめんなさい。だけど課長が異動するまでは、このままの形を取りたいの」

「そうだったのか。理解したよ。だけど、もしもその想像通りだとしたら、あの人は今も佳奈を好きってことなのか。同僚の子たちが協力してくれるとはいえ、大丈夫なのか?なんというか……嫌がらせはもちろんだけど、それがおかしな方向に転がらないか心配だよ。そのことを相談できる人は?確か、支店長がいるよな」

「いるにはいるけど、支店長は別支店も兼務していて、なかなか……」

宗輔は眉間にぐっとしわを寄せた。

「あの人が、佳奈の店の実質トップみたいなものなのか?」

「そうなりますね。実は支店長代理っていう肩書もあるし」

「もっと上の、例えば本社の人事とかは?だいたいそれって、パワハラだろ」

「そうなんだろうけど、それくらいで上が動くかどうか……。次の異動ではいなくなる人だし、異動先で私にしたのと同じようなことをするとも限らないし……。今回は私との間にちょっとあったから、こういうことになったんだと思うので」

「外部の人間の俺が、口出しできないのが歯がゆすぎるよ。とにかく。いつまでも我慢していないで、できるだけ早いうちに必ず誰か、上の方の人に相談するんだぞ。絶対に一人で抱え込まないで」

私は宗輔を安心させるように、こくんと頷いた。

「えぇ、分かってます」

「辛いなって思う時でも、そうでない時でも、いつでも俺に甘えてくれていいから。それでなくても、甘やかすつもりでいるけど」

「……ありがとう。そう言ってくれる人ができて嬉しい」

私は宗輔の頬にキスをした。

彼はそれに応えるように私を抱き締めて、今夜何度目かの熱いキスで私の頭の芯を痺れさせた。