「それならやっぱり、高原さんの勘違いだったんです。心が弱っていたところに、偶然そこに私がいただけで」

自分でそう言う度に胸がちくちくと痛むのに、私は高原の言葉を否定するようなことを口にする。裏返せばそれは、彼の想いが偽物ではないことを確かめたいという気持ちの表れだったのだと思う。

高原は続ける。

「それからも、2、3回は行ったかな。いつも週末は客で一杯だったし、君はくるくる動き回って仕事をしていたしで、俺のことなんか見えていなかったみたいだけど。第一あの頃、君の目は金子君を追いかけていたから」

私は絶句した。客の一人だった高原に、まさか気づかれていたとは思わなかった。

「だから、俺の出る幕はないと思っていた。金子君と君は見た目にもお似合いだったからな。それならせめて、遠くから君を眺めていられればそれでいいと思っていた。でもあの日、その気持ちが変わってしまった」

「あの日?」

「君が男に絡まれていた時のことだよ。あの日はちょっと遅くなってしまったけれど、少しくらいは君の顔を見られるだろうかと思いながら、楡の木に行ったんだ。それで偶然あの場面に出くわして、君を助けることになった。あの時君が俺に見せた笑顔が目に焼き付いて、忘れられなくなった。欲が生まれた。君の笑顔を見たい、君に触れたい、金子君じゃなくて俺を見てほしい、そう思った。だけど――」

高原は目を閉じた。

「しばらく忙しい日が続いて、久しぶりに行ってみれば、君はもうバイトをやめてしまっていた。あの時、何か行動を起こしていれば、違う展開があったのかもしれない。だけど、君が好きなのは金子君だと思っていたこともあって、俺はそこで諦めてしまった。でも、また会えた」

高原は目を開けると、私に顔を向けた。

「あの時、僥倖と言ったのはそういう意味だ。こうやって仕事で関わることになったのだって、俺にとっては奇跡的で幸運でしかない。だからこそ、今度は後悔したくない。だけどよく考えてみたら、君に恋人がいるのか、好きな人がいるのか、俺は何一つ聞いていなかった。君が断りにくいのを分かっていながら、強引に誘ってた」