「いらっしゃい!」

高原の後に続いて店の入り口をくぐると、良く知るマスターの声が私たちを出迎えた。

高原が言った通り、顔なじみなのは本当のようだ。二人からは親し気な雰囲気が伝わってきた。

「やぁ、高原君、待ってたよ。窓際の席にしといたけど、それで良かった?」

「はい。それと、今回は契約もありがとうございました。今日はその礼も兼ねて来てみました」

「いやいや、こっちこそありがとね。――あれ?確か二人って言ってなかったっけ」

マスターの訝し気な声が聞こえた。彼が今いる場所からは、高原の背後にいる私の姿は見えていないらしい。

「はい、二人でいいんです。俺と……」

高原は自分の肩越しに振り返って私を見た。

「早瀬さん」

高原に名前を呼ばれて、私は彼の背中の陰からおずおずと顔を出した。なんだか照れ臭かった。

私を見ると、マスターは驚いたように目を見張った。

「あれっ、佳奈ちゃんっ!えっ、何?どういうこと?」

マスターは、私のことも高原のことも、両方を知っているわけだ。「それでも」なのか、「だからこそ」なのかは分からないが、そんな私たち二人の組み合わせは相当意外だったらしい。

私はマスターに向かって複雑な笑顔を見せながら、簡単に説明する。

「えぇと……今、仕事でお世話になっているんです、こちらの高原さんから」

マスターは私と高原の顔をしばらく交互に見ていたが、何を納得したのかしみじみと言う。

「へぇぇ……そうなんだ……。そう言えば佳奈ちゃんは、そういう関係の会社で働いているんだったね。ほぉ、しかし高原君とねぇ……。まぁ、まずは座って座って!」

「は、はぁ」

ぐいぐいと背中を押す勢いで、マスターは嬉しそうに私たちを席へ案内した。

私はマスターの浮足立って見える様子を不思議に思った。そしてさらにもう一つ、気になったことがあった。マスターが私を親し気に呼んだ時、高原はなぜそのことに触れなかったのか、ということだ。