「さっき言った通り、俺のことをゆっくり知ってほしいから、今は急がない。今は、ね。――あぁ、言い忘れる所だった。仕事は仕事として、これからよろしくな」

「あ……えぇ……はい……」

高原に翻弄されて、頭の動きが鈍っているのが分かる。ぼんやりしていると、からかうように高原が言った。

「帰らないのなら、このままどこかに連れて行くけど、いいのか?」

「……っ!」

「俺はそれでもいいけど。その方がじっくりゆっくり口説けそうだし」

笑いを含んだ声でそう言われて、私の顔はカッと熱くなった。

「か、帰るわよ!あ、ありがと!」

私はバタバタと車を降りようとして、高原を振り返った。

「あなたも言った通り、仕事は仕事ですから!そこはよろしくっ」

「分かってるよ。だけど個人的にも連絡するから、その時はちゃんと何かしらの反応はしてくれよ。……ね、佳奈ちゃん」

「え……?」

下の名前を「ちゃん」付けで呼ばれて、私は戸惑った。

その隙に高原はさっさと車を降りて、助手席側のドアを開ける。

「お疲れさま。ゆっくり休みな」

優しい声音にどきりとする。

「え、えぇ……」

私はその場にしばらく立ったまま、車に乗り込む高原の姿を目で追っていた。

そんな私に気がついた彼は軽く片手を上げると、車を発進させる。

私は彼の車が交差点の角を曲がり切るまで見送っていた。

高原からのメッセージが届いたのは、その夜、日付が変わる少し前だった。

―― 今日は付き合ってくれてありがとう。また誘う。

本当にメッセージを送ってくるとは……。

心のどこかで、今夜のことは彼の冗談か気まぐれに違いないと思っていた。けれど、彼の柔らかな声が、微笑みが、手の感触が、私の五感にこびりついている。気持ちは揺れていて、どうしたいのか、どうしたらいいのか迷っている。だから、返信も簡単にはできないと思った。悩んだ結果、私は短い一文を返すにとどめた。

―― 今日はありがとうございました。