高原は私の訴えにあっさりと手を引くと、くすっと笑った。

「それじゃあ、今ここで携帯出して。でなけりゃ……」

と言いながら、高原は再び私に向かって手を伸ばそうとする。

「わ、分かりましたからっ」

私は気持ちを落ち着かせようと胸を抑え、長々と息を吐き出した。

この人、絶対に面白がってる――。

そう思いながら渋々バッグの中から携帯を取り出す私に、彼は言った。

「貸して」

「なぜ?」

「君がウソの番号を言わないように。俺の番号を入れさせてもらう」

「それなら、あなたの携帯を私に貸してください」

「……分かった。それじゃあ、ここに君の番号を入れて」

私はわざとらしく大きく息をつくと、受け取った高原の携帯に自分の電話番号を打ち込んだ。画面を見せながら、彼に戻す。

「この通り、ちゃんと入れました。確認したいなら、今ここでかけてみればいいわ」

高原は携帯を受け取ると、通話ボタンを押した。私の携帯の着信音が鳴る。その音を聞いて彼はふっと笑った。

「俺の番号、ちゃんと登録しておいてくれよ」

「あなたが私の番号を登録していれば、問題ないのでは?」

嫌味ったらしく言ったのに、高原は可笑しそうに笑う。

「そうだな。それでも着拒なんて真似はしないでくれよな」

「……っ」

私の方はこんなに翻弄されて、感情が激しく揺さぶられてばかりいるのに、どうしてこの人はこんなに普通なのだろう。まるで彼の手の中で踊らされてでもいるようだ。腹立たしい気持ちがふつふつと湧き上がってきて、それを言葉にせずにはいられなくなった。

「……もうっ!」  

私は彼に文句をぶつけた。感情が先立ち、高原が大事な取引先の社長令息だということは、私の頭からすっかり吹き飛んでいた。

「いったいなんなの?どうしてそんなに私に構うの?この前とは全然別人じゃない。何を考えているのか、まったく理解できないんですけど!」

私がひととおり文句を言い終えるのを待って、高原はひと呼吸ほどの間を置いてからとても静かな声でこう言った。

「……僥倖(ぎょうこう)だと、思ったんだ」