店に入って高原が名乗るとすぐに、席まで案内された。

いつの間に予約を入れたのかと不思議に思ったが、社長も来るのだとすれば、それもそうかと納得する。

店員から窓際の丸テーブルを示されて、私たちは腰を下ろした。

私は足元に置かれた籠にバッグを入れると、高原に訊ねた。

「社長は何時頃いらっしゃるんですか?」

高原はメニューの一冊を私に手渡すと、ひと呼吸程の間をおいてから、ぼそっと言った。

「……いや、来ない」

私は困惑しながら高原を見た。

「急に予定が変わって、おいでになれなくなったのでしょうか?」

じっと答えを待っていると、高原は長々と息を吐き出した。

「悪い、嘘なんだ」

「えっ?」

私は目を見開き、体は思わず前のめりになった。

「嘘?社長はいらっしゃらないんですか?」

「あぁ、もとから親父が来る予定はない」

表情を変えずにそう言う高原を、私はまじまじと見つめた。

「そんな……」

私は混乱した。社長が来る予定は最初からなかったというのなら、高原がとった行動の意味が理解できない。この状況を整理して考えようと思った。私は目を瞑り、眉間のしわをつまみかけて、はっとした。

「ちょっと待ってください。もしも社長が会社に電話されたりして、その話に触れるようなことになったら、ものすごくまずいのですが」

大木がこのことを知ったら、どんな嫌味で私を責めてくるか分からない。

「親父には、君を待っている間に電話して、口裏を合わせるように頼んでおいた。あの人は君を気に入ってるみたいだから、心配しなくても大丈夫だろう」

「でも……」

私の眉間のしわは深くなる。

「そんなことを社長にお願いしただなんて……」

「親父には貸しがあるから、これくらいいいんだよ。むしろ早瀬さんのためだって言えば、親父は喜んで協力するさ。……でもそんなに気になるなら、本当にこの後、親父に会いに行っても構わないぞ。そうなるとたぶん、帰りづらくなるだろうけどな」