私は別室に高原を案内した。フロアの一角にある来客対応のための個室だ。

先ほど感謝の気持ちを抱きはしたが、彼に対してわだかまりのような気まずい思いがあることに変わりはない。とにかく仕事をしよう、と頭を切り替える努力をする。

高原が椅子に腰を下ろしたのを見ると、私は改めて頭を下げた。

「本日はご足労いただきまして……」

しかし高原は、初めて会った時と同じ、先ほどとは打って変わった表情のない顔でそれを遮る。

「挨拶はいらないよ。早く始めて、さっさと終わらせよう」

「……っ」

私は軽く眉根を寄せた。感謝の気持ちなど一瞬にして消滅する。

高原は私の表情を見たはずだが、つまらなさそうに言った。

「今さら丁寧語なんていらないだろう?俺たちは知り合いなんだから」

私は思わずむっとした。

「知り合いというほどの関係ではありません」

私はつんとしたまま、テーブルを挟んで高原の反対側に座った。そのまま彼の前に資料や書類を広げようとして、はたと気づく。――お茶を出していなかった。

「少々お待ちください。今、お茶をお持ちしますので」

そう言いながら立ち上がろうとした私を、高原は止めた。

「いらないよ」

「え、でも」

「早瀬さんが必要ならどうぞ。でも、俺はいらない」

「そう、ですか?」

「あぁ」

それならそれで、時間の節約になっていい。私は座り直して高原に確認した。

「それでは、このまま始めても大丈夫ですか?」

「えぇ、お願いします」

高原は急に丁寧な言葉遣いに改めた。持参していたカバンの中から、ノートとペンを取り出す。

彼に説明を始めてから終わるまでの間、私はずっといたたまれないような気分だった。あの夜、カラオケ店で捨て台詞めいた嫌味を言い放ったのは、彼とは二度と会うはずがないと思ったからだ。それがまさか、こんなことになるとはまったく予想外だった。自業自得と言われればそれまでだが、この状況はやりにくいったらなかった。