結局、大木から指示された急な仕事のおかげで、私の昼休みは潰れた。しかし、社内便の締め切り時間と、高原との約束の時間になんとか間に合わせることができて、ほっとした。
こういう時、大木は私が泣きついてくるのを待っているのだろうが、そんなことは絶対にしたくない。そうならないように頑張るだけ。その結果、大木の嫌がらせが続くことになるとしても、だ。
基本的にデスクワークであっても、お腹はすく。デスクの引き出しに常備しているクッキーを二、三枚口にして、私は空腹をしのいだ。
それを見ていた久美子が、苦々しい表情を浮かべてこっそり言った。
「ねぇ、大丈夫?あいつのやり方、あんまりひどい時は、本部長とか、人事のホットラインにでも言った方がいいんじゃないの?」
「うぅん……。でも、あと半年でいなくなるはずだし」
「ああいう人はきっと、どこに行っても同じことするんだよ。もしかしたら、前科だってあるかもしれないよ?」
「……そう、だね。少し考えておく」
「一人で抱え込むのは、やめなよ。何かやっておくことがあるなら言ってよ。こっちは今日、余裕あるからさ」
持つべきものは頼もしい同僚だ。
私はにっと笑って礼を言った。
「ありがとね」
「どういたしまして。……あれ。そう言えば、もうそろそろいらっしゃいますかね。例の御曹司が」
「御曹司、ねぇ……」
私は苦笑しながら、壁掛け時計を見上げた。針は間もなく三時を指し示そうとしている。と、思ったら、ガラスのドアの向こう側に男性の姿が見えた。
「ご到着だね」
「うん」
私はさっと身なりを整えると、手元に用意していた書類を抱いて椅子から立ち上がった。カウンターまで出て、高原を出迎える。
高原は、パリッとしたダークグレーのスーツを着こなしていた。がっしりとした体格ではあるが上背があってスタイルがいいから、認めるのは悔しいけれどかっこいい。
背後で感心したようなため息が聞こえた。戸田だろう。彼氏がいてもこういうのは別なんだ、と思わず感心してしまう。