その当日。
高原がやってくるのは午後だというのに、私は朝から落ちつかなかった。
この前は大宮と社長がいたおかげで、色々な意味で平常心を保つことができたが、今日は違う。高原と一対一で会わなければならない。いったいどういう顔をして接したらいいのかと悩んでしまう。
約束の時間まであと4時間。
鬱屈した気分でパソコンに向かっていると、戸田が不思議そうな顔でそっと訊いてきた。
「早瀬さん、どうかしたんですか?何かありました?何か面倒な仕事でも?また課長から嫌がらせですか?」
彼女の質問攻めに苦笑しながら、私はキーボードを叩く手を止めた。
「そういうわけじゃないの。ほら、研修生対応って久しぶりだから、少し緊張しちゃって」
「あぁ、今日でしたね。一応の顔合わせは、もう終わってるんですよね。今度の研修生って、マルヨシの社長の息子さんでしたっけ?」
「そうよ」
頷く私に、戸田は首を傾げた。
「お兄さんがいませんでした?」
「それがね、建築士になって東京で独立してるんだって。家を継ぐ気がないらしいって、社長がこぼしてらしたわ」
「まるほど。それで次男さんが、ってわけですか」
そんなことを話していると、ちょうど近くを通りかかった久美子が話の中に入って来た。
「ねぇ、今度の研修生さんは独身なの?」
「そうみたい」
「イケメン?」
私は肩をすくめた。
「どうだろう?」
「どうって。会ったんでしょ?」
「まぁね……」
口ごもる私の肩に、久美子はぽんと手を置いた。
「チャンスだよ」
「チャンスって何がよ」
「だって、あのマルヨシのご子息なんでしょ?誰もが憧れる玉の輿だよ」
私は深々とため息をついた。かおりといい、久美子といい、どうして周りは皆んなこうなのだろう――。
「関係ないわよ。ただの仕事上のお付き合いなんだから」
「えぇぇ、そんなこと言うなんて信じられない。勿体ないよ、せっかくの出会いなのに……」