久美子の背中を見送ると、私は書類を手を取った。
始めようかな――。
そこへ今度は、この春転勤してきた営業の大宮守がやって来た。
「早瀬さん、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう?」
私は手を止めて、大宮の顔を見上げた。
「来週なんだけど、同行、お願いできないかな?」
「同行?」
「うん。忙しい時期に申し訳ないんだけど。代理店さん直々のご指名なんだ」
私は首を傾げた。
「指名ってどなたからの?」
「マルヨシさんだよ。社長さんが、早瀬さんにぜひ来てほしいって言ってるんだ。俺が対応させて頂きますってやんわり言ったんだけど、強いご希望でさ。それ以上は押して断りにくくてね……」
大宮は苦笑を浮かべた。
「ははぁ、なるほどですね……」
確かに、マルヨシが相手では断りにくいだろう。不動産業を営んでいるマルヨシは、いわゆる地元の名士だ。この一帯では知らない人がいないほど有名な企業であり、わが支店のトップスリーに入る委託代理店でもあった。強い態度に出るには少々勇気がいる。
「ちなみに、課長の許可は取ってある」
「なんだ、もう根回しは済んでいるんですね」
本来なら私が出張る必要はまったくないはずだけれど、課長の許可がすでに下りているのなら断れない。
私は頷いた。
「分かりました。日程が分かったら教えてください。来週の外出予定はありませんので、いつでも大丈夫ですから」
「了解。申し訳ないけど、よろしくね」
大宮はほっとした顔をすると、席に戻って行った。
曲者相手に大変だよね――。
「さて、と」
今度こそ始めるか。
私はブラウスの袖を軽くまくり上げると、書類に目を通し始めた。