マスターが苦笑を浮かべる。

「まぁ、仕方がないよ。その時の佳奈ちゃんに余裕なんてなかっただろうからね。彼が来た時に、俺からちゃんと伝えておくよ。佳奈ちゃんの気持ち」

「お願いします。ものすごく感謝していた、って伝えてくださいね。できたら私のツケで何かごちそうしてください」

「了解。……バイト辞めても、たまに顔は見せてよね」

「はい」

マスターの嬉しい言葉に涙がにじみそうになっていると、金子が何かを思いついたような顔で私に向き直った。

「それだけど」

「それ?」

目元を指先で拭いながら、私は首を傾げて金子を見た。

「今後ここに来る時は、絶対に一人で来ないこと。必ず誰かとおいで。本当は男の人と来れば安心なんだけどな……。佳奈ちゃん、早く彼氏でも作りなよ。それまでは、夜一人でふらふら飲みに出たりしないように。分かった?」

「……はい、分かりました」

答えるのに少しだけ間が開いてしまったことに、金子は気づかなかったようだ。

笑顔で頷いた私だったが、金子の言葉に胸の奥がちくっと痛んだ。

私は金子君の彼女候補ではないんだな――。

なんとなく分かってはいたけれど、改めてそう思った瞬間、私の中にあった金子への淡い気持ちは行き場を失った。そのまま飲み込んだら、苦い味がした。

「さて、と。じゃあ、今日は佳奈ちゃんのバイトはラストということで。楽しく頑張りますか」

やっぱり金子は、何も気づいていなかったんだな。私も気づかせるような態度を取っていなかったと思うけど――。

私は苦い気持ちを忘れるように、あえて元気よく返事をした。

「はいっ!頑張りましょう!」

こうして。

私の楡の木でのバイトは終わったのだった。