《《そう》》さんの言葉に、金子はにこりと笑って頷いた。
「もちろん、そのつもりです。彼女を送ったら、俺はまた戻ってくるので、店で待っててくださいね。お礼させてください」
「お礼なんかいいよ。それより、マスターには俺から言っとくから、早く送って行ってやりな」
その人は、早く行けというように、金子に向かって片手を上げてひらりと動かした。
「それじゃあ、お願いします。……佳奈ちゃん、行こうか。送るよ」
そう言って、金子は私の背に軽く触れた。
「え、でも、金子さんの仕事は……」
「もともと買い出し頼まれて、出てきたところだったんだよ。マスターには《《そう》》さんが事情を話してくれるっていうし、大丈夫だよ。第一、こういう場合、マスターなら絶対に送って行けって言うに決まってるから」
「それなら……お願いします」
「よし、じゃ、行こうか」
金子に促されて歩き出した私だったが、つと足を止めた。
ちょうど階段に足をかけるところだった彼の後ろ姿に向かって、私は言った。
「助けて下さって、本当にありがとうございました」
「……どういたしまして」
「今度、私がいる時にもいらして下さい。ぜひお礼をしたいので」
「気が向いたら」
彼は背中を向けたままぶっきらぼうに応えると、一度も私の方を見ることなく、階段をゆっくりと昇って行った。
私がマスターの店のアルバイトをやめることにしたのは、その一件から割とすぐのタイミングだった。
次の週になって、開店前の掃除をしている最中に、金子が強い調子で口を開いたのだ。
「佳奈ちゃんさ、そんなにお金が必要って訳じゃないんなら、夜のバイトはやめた方がいいよ」