もう来ないかもしれない――。
そう思うくらい鈴木の姿をさっぱり見なくなって、ひと月ほどがたっていた。
その日もやはり、いつも来ていた時間を過ぎても鈴木は姿を見せなかった。
だから私はすっかり安心していた。
きっと、もう来ないはずだ。面倒なやり取りをすることも、変な気を遣うこともしなくていいんだ――。
久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで、私は時間いっぱい楽しく働いた。そして、いつものように店を出た。
気分よく鼻歌を歌いながら階段を降り切った時だった。私の目の前に、あの鈴木がふらりと姿を現したのだ。
「バイト、今終わったの?」
「す、鈴木さん?」
心臓がバクバクいった。今すぐ逃げ出したいのを我慢して、私は引きつった笑みを浮かべた。
「あ、あの、お久しぶりです。お元気でしたか?え、と、しばらく、お見かけしなかったので、マスターもどうしたのかなって言ってたんですよ……」
鈴木は嬉しそうに頬を緩めて、私の方へ足を一歩踏み出した。
その分私はじりっと一歩後ずさった。
「今日はね、佳奈ちゃんと一緒に飲みに行きたいなと思って、ここで待ってたんだよ」
背筋がぞわっとした。
「えっ、と、でも私はもう帰るところで……」
ひとまず店に戻ろう――。
階段を昇れば店はすぐだ。
「そんなこと言わないで、つき合ってよ」
「そ、それじゃあ、マスタ―のお店で飲みましょう」
そう言ってもう一歩後ずさりながら、じりじりと階段の方へ近づいた。
しかし、ふっと笑ったと思ったら、鈴木が不意に私の手首をつかんだ。
「違うところで飲みたいな」
「は、離してください!」
「そんなつれないこと言わないでよ。佳奈ちゃん、僕の気持ちに気づいてたよね?」
そう言いながら、鈴木の手に力が入った。
やだ、怖い!誰か……。
そう思うが、恐怖のせいで声が出ない。
「ねぇ、佳奈ちゃん、好きなんだよ」
鈴木の手が、私を自分の方へ引き寄せようとする。
「いやっ!」