アルバイトを始めて、3か月ほどたった頃だ。

ある男性客が、毎週のように来ていることに気がついた。マスターとの会話の雰囲気からして、常連さんだろうと思った。はっきりと聞いたわけではなかったが、年齢は30代初めくらいだろう。

残業でもしてきたのかと思うような時間帯にやって来て、空いていれば必ずカウンター席に座った。そして、にこやかな笑顔で私に声をかけてくるのだった。

彼は鈴木と言った。お酒の飲み方が綺麗で、穏やかな態度を崩さない人だった。

「やぁ、佳奈ちゃん。今日も頑張ってるね」

「鈴木さん、こんばんは。いつもありがとうございます」

「いつ見ても、ほんと、佳奈ちゃんは可愛いね」

「またまた、そんなお世辞。何も出ませんよ」

「彼氏はいるの?」

「さぁ、どうでしょうか?」

鈴木との会話はいつもそんな感じで、軽口を言い合うだけのものだった。私が浮かべている笑顔は仕事用のものでしかなく、そこに特別な意味はまったくなかった。

しかし、そう思っていたのは私だけだったと気づいたのは、それからふた月ほどたったある日のこと。

マスターは奥のテーブル席で注文を取っている最中で、金子はちょうど休憩に入っていた時だった。

カウンター席には鈴木しかおらず、私は彼に頼まれて空いたお皿を引き上げようとしていた。

鈴木はいつものようににこやかな顔で、私の名前を呼んだ。

「佳奈ちゃん」

だから私もいつもと同じように、警戒心など持つこともなく、彼に笑顔を向けた。

「はい、何でしょうか?」

すると彼は言ったのだ。私の手に触れながら。

「ねぇ、連絡先教えてよ」

その瞬間、私の背中に悪寒が走った。

やだ、気持ち悪い――。