どきっとした。すぐ隣にその相手の父親がいる。私は社長の方を見ないようにしながら、微笑みを浮かべつつ川口を見た。

「いいえ。残念ながら、そういう話とはまったく無縁でして……」

「あらまぁ。早瀬さんを放っておくなんて、周りの男の人たちは見る目がないのねぇ。早瀬さん、家庭を持ちたいと思ったら、いつでも相談してちょうだいね。いい人紹介するから」

力強く言う川口にやや圧倒されながら、私は苦笑と笑顔の中間の顔を作って礼を述べた。

「ありがとうございます」

「そう言えば、確か高原社長の息子さんって、まだ独身じゃなかったかしら?」

今度は社長の方に話の矛先が向いた。しかし社長は表情を変えることなく、軽い調子で答えた。

「あぁ、上のは東京に行ってしまって、向こうでいい人を見つけてね。弟の方は確かに独身なんだが、実は最近、いい人ができたらしくてね」

そう言いながら、社長はちらっと私を見る。

私はその視線をかわすように目を逸らし、グラスに口をつけた。

「まぁ、そうなのね。誰かいい人いないかしら、ってお願いされていたお嬢さんがいたのよ。もし良かったら、ご紹介しようかと思っていたんだけど……」

「ははは。それはありがとうございます。うちの息子には、その必要はないようです。ま、いい話が確実なものになった時には、川口さんが経営するお店で新婚生活に必要なものをそろえるよう言っておきますよ。その時はよろしく」

「ほほほ。それならぜひいいご報告、お待ちしていますよ」

私は二人の間で黙って話を聞いていたが、当事者である私はだんだん居心地が悪くなってきた。

「あ、あの、私、少し席を外させて頂いてもよろしいでしょうか」

「あらあら、ごめんなさい。ここだけで早瀬さんを独占しておくのは、まずかったわね」

「うんうん。話につき合ってくれてありがとう。また後で」

意外にも二人はあっさりと私を解放すると、別の一団の方へと近づいて行った。