「今出るー!」

 大きめに声を上げて返すと、そのまま左手にカバンを持って部屋を出る。
 一階に行くと、ちょうどお母さんも家を出る準備をしていた。

「お母さんも出るの? 職業安定所の時間には早いんじゃない」
「そっちは後で行くわ。先におばあちゃんのところに行って、紗江(さえ)に介護について聞いておかなきゃ」

 お母さんは忙しそうにバタバタしながら私を見ずに答える。
 紗江さんはお母さんの妹で、私のおばさんにあたる。結婚していなくて、おばあちゃんと二人暮らししているの。
 今回の私たちの引っ越しは、おばあちゃんが介護の必要な体になってしまって、紗江おばさん一人に介護させるわけにはいかないからって決まった。
 ちょうど日輪街から電車で三十分くらいのところにお父さんの転勤も重なったから、おばあちゃんの家とお父さんの仕事場の中間辺りの土地に引っ越したんだ。
 お父さんは今日初出社で、あいさつ回りもあるからってもう家を出てる。

「仕事も探さなきゃだし、本当に大変。……あさひがお隣の子たちと仲良くなってくれて助かったわ」

 転校なんて初めてだから心配していたんだと話すお母さんに、私は笑顔で「そうだね」と返しお弁当代わりの菓子パンをカバンに入れる。

「じゃあ、行ってきます!」

 明るく声を掛けて、私はお母さんより先に家を出た。