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店には見込み通り20分程で入店できた。外の蒸し暑さはオフィス勤めのひばりにとても効いたようだ。店内に入ると空調が効いていて涼しかった。


「生き返る…。」


溜め息を吐きながらそう零すひばりを見て、常田はつい笑った。


「それがひばりさんの素?」
「え。」
「なんか、やっと緩んでる感じがするというか…。」


常田は職業柄を抜きにしても人の気持ちに敏感な方だった。警戒心を剥き出しにされているのにも気が付いていたし、合コンの場ではよそ行き仕様なのも気が付いていた。
そういったフィルターを取り払っていったとき、素のひばりはどんな感じなんだろうと常田はずっと興味があった。


「たぶんこの感じが1番近いと思います。特に取り繕ったりしてないから…。」
「そっか。」


常田はひばりの心境の変化を計りかねていたが、結論として何だってよかった。素のひばりに触れることができるのなら。
とはいえ、問題はここからである。常田には懸念事項しかなかった。ここまでは芹沢にありがたい知恵を授けてもらっていたが、ここから先は自分で戦わなければならない。そう、常田の腕の見せ所なのである。
しかしさらにここでもう1つ問題が浮上する。常田は女性経験が乏しい。同年代の従姉妹のおかげで誤魔化せているように見えるが蓋を開ければ何とやらだ。


「常田さん何にします?」
「んー…。」


メニューを広げたひばりに促されて常田もメニューを覗き込んだ。和食だけあって、カフェとはいえ常田でも満足できそうなボリュームのメニューが並んでいた。


「生姜焼き美味そうだな…。」
「分かります、私も生姜焼きにしよっと。」


メニューの写真を見ながらニコニコするひばりを見て、常田もつられて笑顔になる。先程からずっとそうだ。ひばりが笑うと常田も笑顔になってしまう。これはフィルターとかそんなんじゃない。きっとひばりの持つ魅力の一つだ。常田は胸の中がふんわりと温かくなるのを感じた。
生姜焼きを注文すると手持ち無沙汰になってしまった。それを待ってましたと言わんばかりに、ひばりは財布を取り出した。


「それでごめんなさい、立て替えっていくらでしたか?」


そう問われて、常田はもう逃げられないことを察した。


「…ごめん、本当は追加の会費なんて発生してないんだ。」
「え。」
「あんな1時間足らずしかいなかった子に五千円じゃ足りないからさらに寄越せなんて言わないよ。」


そう言いながら常田は財布を取り出すと、ひばりの前に五千円札を差し出した。それはあの日、ひばりが麻衣に押し付けたモノだ。


「でも席代とかお通し代とか、ドリンク代とか…!」
「うーん…。」


これは頑として受け取らないやつだと常田は察した。この子、すごく頑固だ。多分頭の回転も早いし、あれこれと屁理屈を言われて俺負けるな。
常田は先程差し出した五千円札を一旦財布に戻すと、千円札4枚に差し替えた。


「じゃあ、千円もらうよ。それで四千円はお返しします。」
「えぇ…。」
「今日の迷惑料ってことで、どうかな。」


苦笑すると常田を見て、やっとひばりは折れたように手を差し出した。テーブルに置かれた四千円を申し訳なさそうに財布に仕舞う。


「すみません、ご馳走様です。」


そう頭を下げてひばりは財布を仕舞った。ちょうどそのタイミングで生姜焼きが運ばれてきた。立ち上る湯気と漂う生姜の香り。一気に口内に涎が吹き出してきた。


「食べましょう!」


運ばれてきた料理からひばりに視線を移せば、すでに目の前の食事に意識を切り替えたひばりが目を輝かせていた。それを見てまた常田は笑顔になるのだった。