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常田は建物に入るとすぐに立ち止まった。辺りに人気はなく、建物内はひっそりとしていた。


「ごめん、移動してもらって。」
「いえ…。むしろすみません。」


謝るのはむしろこちらの方だ。来場者対応とはいえ職務中だ、プライベートな話で常田を占領するわけにはいかないと気付いたのは常田に声をかけた直後だった。


「それであの、腕…どうしたんですか。」


痛々しい左腕に目を向けると、常田は笑った。


「名誉の負傷。被災地支援に行ってるときに、落下物から人を庇ったらポッキリと。」
「っ…。」


そんな常田を見たら涙が込み上げてきて嗚咽と一緒に漏れた。女性経験が乏しい常田は大慌てだった。


「でも綺麗にくっつくらしいし、利き手じゃないし…! 痛くないし! えっと、あ〜…。」


何を言ったらいいのかとアワアワする常田の右手をひばりはそっと握った。


「他は、怪我してないですか。」
「し、してない! かすり傷くらい!」
「よかったっ…。」


肩を震わせて俯くひばりの目からボロボロと涙が落ちていく。常田はそれが不謹慎にもとても綺麗に思えてしばらく見入っていた。


「全然自衛隊の情報が入ってこなくて…。」
「うん。」
「何かあったらどうしようって、怖くて…。」
「…うん。」


そうだ。その不安と常に隣り合わせに生きていくなんてできないと、ずっと関わることを避けてきたのだ。それなのに、と怒りが湧いてきて勢い良く顔を上げた。


「なのに怪我してるし…!」
「えっ…。」


突然怒られた常田は困惑を隠しきれていなかった。けれどひばりは止まらなかった。


「だから自衛官と関わりたくなかったのに!」
「ご、ごめん…?」
「でも、怪我を名誉の不祥なんて言っちゃう常田さんだから好きになったんだと思うんです。私の負けです。」
「え? 待って。え、え?」


面食らった間抜けな表情の常田が可笑しくて、ひばりは涙を流しながら少し笑った。そんなひばりを見て常田はグッと何かを堪える顔をしたかと思うと、握られたままの右手を引っ張ってひばりを引き寄せた。


「わ。」


驚いて握っていた常田の右手を離せば、その手はそのままひばりの腰に回った。そしてひばりの左肩に常田の頭が乗った。
胸の中が常田の匂いでいっぱいになる。がっしりとした腕に包まれて、ドキドキとは違う安心感が満ちていくのを感じる。


「常田、さん…。」
「もう1回言って。」
「え…。」
「好きって、もう1回言って。」


腰に回った腕に力が込められてより身体が密着する。さすがに恥ずかしい。それなのにもう1度という要求は恥ずかしすぎる。けれどひばりにはたくさん常田を傷つけた自覚があったので、今更それを拒否できなかった。


「す、好きです…。」
「俺も好き。」


顔を上げた常田は嬉しそうに笑うと、再びひばりの左肩に頭を乗せた。


「やば、なんで折れてんだろう俺の左腕…。」
「?」
「両腕で思いっきり抱き締めたい。」
「ふふ、治ったらお願いします。」


ひばりがそう笑うと腰に回された腕にさらに力が込められた。


「無理、可愛い。」


そうだった、この人すごく素直なんだった。我慢していただけで心の中ではそんなに甘い言葉を垂れ流していたんだろうか。そんなことを考えて、ひばりはつい笑った。


「戻りましょう、5分経ちます。」
「ん。」


腰から腕を離して顔を上げた常田は、ひばりの左頬をするりと撫でてから出口へと向かった。ひばりはそんな常田の背中を見つめて今更なことを思った。

--制服を着ているとさらにかっこいい。そしてその背中は堪らなくかっこいい。