白井ひばりは眉間に皺を寄せながらキーボードを叩いていた。

昼過ぎの一段落したタイミングで上司のミスを見つけてしまい、その尻拭いをしているからだ。
大したミスではない。だが塵も積もれば何とやらだ。こんな初歩的なミスを一体いくつやらかしてるんだ、それでも上司か! と思わず文句を言いたくなってしまう。


「ひばりさ〜ん、進捗どう?」


同僚の麻衣にそう声をかけられたのは定時を少し過ぎた頃だ。


「後もう少し…。」
「待ってようか?」
「いや、こそまで少しじゃない…。」


顔を上げずにそう言うと麻衣が苦笑したのが分かった。麻衣は他部署なので手伝ってもらうわけにもいかない。

やっと顔を上げて溜め息を吐くと、麻衣が「お疲れ」と労ってくれた。


「お店の場所分かる?」
「うん、大丈夫。」
「おっけー、じゃあ先行ってるね。」
「ごめん。」
「ううん、急遽誘ったのこっちだし。」


「待ってるね!」と言って麻衣はふわふわのスカートを翻しながらオフィスを出て行った。

今日は急遽合コンにお呼ばれしている。文字通り数合わせだ。いかにも男性ウケしそうな女子アナ系ファッションに身を包んだ麻衣とは対照的に、適当なTシャツに適当なワイドパンツ、しかもスニーカーの私は誰が見ても数合わせだと分かるだろう。適当なりに最低限のアクセサリーをつけていたことが幸いとしか言いようがない。

麻衣が出て行ってから30分程してやっとオフィスを出た。集合時間なんかを考慮して、10分15分程度の遅れで済みそうだと計算しながら早歩きで店に向かう。場が温まるまで少し時間がかかるだろうし大丈夫だな、と考えてから我に返る。
ただの数合わせだというのに。
これは完全に性分だ。真面目で完璧主義。ついでに料金を払う以上損はしたくないというケチだ。こんなんだから上司の細かいミスに気付いてしまうしそれを見過ごせない。損な性格だなぁと自分でも嫌になるときがある。


『席はお店の奥ね!』


店の近くの信号まで来てスマホを確認すると、数分前に麻衣からそんなメッセージが入っていた。了解、と適当な絵文字をつけて返信するとすぐに既読がついた。

今日は4対4と言っていたか。こちらは皆会社の同期なので気楽なものだ。相手の情報は、残念ながら教えてもらえなかった。「絶対好みの人いるから!」と謎の根拠で押し切られたのだ。
ちょうど人肌恋しくなってきた頃合いだったので、こんな気合いのカケラも入っていない服装ではあるが、参加すること自体は全く問題なかった。
だからこそそんな麻衣が少し不思議に思えてならなかった。ひばりに参加を拒否されないよう予防線を張っているのが明らかだったからだ。ひばりの恋愛事情を把握している麻衣なら、今のひばりが拒否しないことは分かっていただろうに。

最悪男性陣を無視して女子会だと思って楽しんで帰ろう。そう腹に決めて店のドアを開けた。


「いらっしゃいませー!」
「待ち合わせです。」
「はーい、奥のお座席ですね! ご案内します!」


元気に「こちらです!」と案内してくれた店員さんにお礼を言いながらテーブルに近づいた。


「遅れてすみません…。」
「ひばり〜! お疲れ様!」


麻衣の手招きに安心してひばりが笑顔で駆け寄ると、席にいた皆が一斉にこっちを向いた。
う、わぁ…。思わず心の声が口から漏れそうになった。なぜなら男性陣が皆ひばり好みの見た目をしていたからだ。短髪の黒髪に、キリッとした顔立ち。引き締まった体。あまりにドンピシャでひばりは違和感を覚えた。