そして、1年が経つ。
俺はその間に死に物狂いで働いた。
胸の中で燻っていたやりたいと思っていたけど、出来なかった事を始めた。

まず初めに父の支配から逃れる為に仕事を辞めた。
そして、彼女が住んでいた1DKのアパートに棲みつき、一日中PCを睨み図面を描いた。

過去の全てを経つつもりだったが、やはり日向の面影を探してしまう俺は、せめてもの思いで彼女の形跡が残るアパートに棲む事を選んだ。

1カ月引きこもって設計した図面は、街の小さなコンペで勝ち残った。
それを機に俺は、小さな工務店を立ち上げる。

社員は秘書だった酒井と、運動手の前田さんだけ。
俺が仕事を辞める時、目を輝かせて着いて来た酒井は、とても優秀な男だった。彼が営業に出れば、直ぐに顧客を見つけ仕事を取って来てくれた。

そのお陰で工務店は順調に軌道に乗る。
今では設計士3人、営業2人のちゃんとした会社として成り立っている。

そして俺は1年振りに有休を取って、この小さな島の港に到着した。
足取りは軽い。気持ちは高鳴り今にも駆け出したいくらいの高揚感だ。

海岸沿いをひた歩き、そこに一軒の古びた古本屋がある筈だ。子供の頃の記憶を辿り、ただ足早にその家へと向かう。

日向は何と言うだろうか…
帰れと言って追い返されたって構わない。ただ、君に一目会えたなら…愛していると伝えたい。
その思いだけを胸に。

青い空に白い雲、どこまでも続く水平線に輝く水面が揺れている。
今日も彼女は黒いマントを羽織って、黒縁の伊達メガネをかけて、誰も寄せ付けない風貌であの古本屋に立っているのだろうか…。

胸が高鳴るのをもう誰も止められない。
「日向…!!」
君が俺を殺しに来るその前に、俺が君を捕まえてみせる。
                    fin.