次の日から、その時間は2人だけの内緒の時間になった。日向は夕方の散歩帰りに必ず防波堤に行き、李月の姿を探す。

初めはそんなの嘘だと思った。
誰も日向を気味悪がり、一緒になんて遊んでくれなかったから…。
だけど、李月は必ずそこにいた。

何をするでも無く、ただ海を見て日向を待っていた。
最初は嬉しくて、2人で出来るいろいろな遊びをした。雨の日も、嵐の日だって…

2人はいろいろな話をした。李月はなぜこの島に来たのか、自分が何者なのか、家族の事や、自分の思いの全てを…。

こんなにも自分の事を他人に話した事はなかった。
だけど、ただ聞いてくれるだけで、いつしか気持ちが落ち着いて…死にたいと思う事は無くなっていた。

そう、李月は死にたかった。
自分に課せられた重荷のような重圧につぶされそうだったのだ。母から受ける狂気じみた愛情や、父から与えられる跡取りとしての期待、周りからの視線、全てから逃げたかった。

自分が自分でいられなくなる感覚、恐怖、自己嫌悪…この島には持病の喘息を治す為に来たけれど、救われたのは何よりも心だった。

この島での2年間。

日向と毎日会って子供らしい遊びをして、ただの自分に戻れた気がした。このままこんな日が続けばいいのにと思っていた。

日向も李月と遊ぶ時間は特別だった。
李月だけは普通に接してくれたから…病気の事も、親のいない寂しさも、全て忘れて笑顔でいれた。

日向の母は、日向が生まれて直ぐに日向を置いてこの島を出て行ってしまった。父は居ない。日向には、年老いた祖父母と古びた古本屋だけが全てだった。

だから、李月が小学校を卒業してこの島を去る時、全ての幸せが消え去るような気持ちになった。

きっと…私の事なんて、都会に戻れば綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。
李月が居なくなり、後には何も残らなかった…。

李月もまた、この島を去る時に思っていた。
もう2度と日向には会えないと…。
(さよなら…僕だけの天使、どうかその夢を叶えて幸せになれ。)