日向(ひなた)が白井李月(りつき)に会ったのはこの時が初めてだった。

満月の月明かりの下、防波堤に1人佇み海を見下ろすその背中は、まるで今から海に身を投げてしまいそうな、儚く寂しげに見えたから、声を掛けずにはいられなかった。
日向はこの小さな港町では有名な、変わった子だったから、一目で李月は誰だか分かった。
そう、日向はいつも夏でも冬でも変わりなく、黒いフード付きのマントのような服を着ていた。
この月明かりの下でだって、変わらず黒い大きなフードを被っているから、彼女の素顔は見えない。 

港町の子供達は彼女を皆『魔女』と呼び、囃し立てたり怯えたり、気味悪がって誰も必要以上に近づこうとは思わなかった。

李月は都会から来た新参者だったから、そんな事を聞かされても、目の前にいる日向を怖いとは思わなかった。
「君って、あの古本屋の『魔女』だろ?僕は昨日、東京からこの島に来た白井李月だ。君の名前は?」
少年は月明かりに照らされて、その整った顔を崩す事なく淡々と話しかける。

「椎名日向…そこの古本屋に住んでる。」
淡々と喋るその瞳には覇気が無く、眼差しはフードで隠れ、誰にも顔を見せた事は無い。

「僕は10歳だ。君は?この島じゃ君は有名人だよ。」
小さな島だから、子供は少ない。
「私は…6歳。来年から小学校に行くの。」

「そのマントを着て小学校に行くのか?」

「小学校には夕方行くの。」

「なんで?それじゃあ、みんなと会えないよ?」

その瞬間、2人の間に突風が吹き、日向のフードがバサァと飛ぶ。

あっ!と李月は驚く。
太陽を浴びた事の無い白い肌に、黒く澄んだ大きな瞳、ピンク色の小さな唇は驚いたように半開きだ。
2人しばらく、時が止まったかのように動けなかった。

日向は天使がもしもいるのならきっとこんな顔をしているのかも…と、思うほどの美少女だった。
普段大人びていて冷静な李月だが、この時ばかりは驚きを隠せない。ドキンと脈打つ自分の鼓動を初めて聞いた。
日向は急いでフードを被り直す。
 
「…何で顔を隠してるんだ?可愛いのに…。」
不意をついて出た自分の言葉に、李月自身が驚く。
可愛いって…何言ってるんだ僕は⁉︎

「私、紫外線アレルギーなの。太陽に当たると湿疹が出て痒くなる。だから、昼間は出歩かない。」

「だけど…それじゃあ、つまらなくない?誰とも遊べないし、会えない。」

「私は平気…。私には本があるから、本が私の友達。」

それを聞いて、何故だか李月の心がぎゅっと痛くなる。
「本は喋らないよ。一緒に走ったり出来ないし…。」

「別にいい…別に寂しく無いから…。」
日向はそう言ってくるり向きを変え、走り出そうとするから、何故だか李月はそれを止めたくて、

「僕が…君の友達になってやる!」
気付けばそう叫んでいた。
日向は足を止め振り返る。
「友達…?」

「そうだ。明日もこの時間に僕はここに来るから、一緒に遊ぼう。何がしたい?」

日向は信じられないような顔をして、しばらく李月を見つめていた。
「鬼ごっこ…。かくれんぼ、ドッチボール、バトミントン…。」

「分かった、全部やろう。」