吉野くんに抱えられてやってきた保健室には、養護の先生がいるだけで、ケガ人や体調不良の子の姿はなかった。
 もちろん、そういう人がいないのはいいことだけど、そんな中実行委員の私がケガをしちゃうなんて、なんだかまぬけだよ。

「少し捻っただけみたいね。痛みが引くまで安静にしといた方がいいから、ベッドで休んでなさい」

 養護の先生にそう言われて、ベッドに移動しようと思ったけど、そしたらまた、吉野くんに抱きかかえられる。

「えっ? ちょっと!?」
「痛みが引くまでは安静になんだろ」
「そ、そうだけど!」

 ベッドなんて、ほんの数歩で行けるのに!
 それを見た養護の先生は、ニヤニヤ笑ってた。

「あらあら、仲がいいわね。私、少しグラウンドに行ってくるけど、その間は彼氏くんに任せるわね」
「か、彼氏!?」

 そう言って出ていく先生。
 先生、私たちのことそんな風に思ってるの!?

「はい。責任もって、大人しくさせておきます」

 吉野くんも、否定しないんだ。
 でもそうだよね。私たち、学校じゃ彼氏彼女のふりをしてる。
 それに……

「ねえ、吉野くん」

 ベットに寝かせられたところで、吉野くんに聞く。

「私たち、その……彼氏と彼女ってことで、いいんだよね。嘘じゃなくて、本当の」
「そのつもりだったんだが、嫌だったか?」
「い、嫌じゃない! すごく嬉しいから!」

 付き合いたいって言われたし、お互い好きって言い合ったんだから、もちろん私だってそのつもりだよ。
 ただ恋愛初心者だから、ひとつひとつ確認しないと、どうしていいかわからないの。

「そうか。よかった」

 そう言った吉野くんは、心底ホッとしているように見えた。

「さっきはごめんね。リレー、私のせいでビリになるかもしれないところだった」

 吉野くんが逆転一位をとってくれたからよかったけど、もしもあのままビリになってたら、たっくんや日向ちゃん、ガッカリしてたかもしれない。

「あんなの運が悪かっただけで、どうしようもないだろ。けど、坂部なら気にするよな。そう思ったから、俺も必死になって走ったんだよ」
「えっ?」
「あのままビリだったら、坂部が落ち込む。そんなの、頑張るに決まってるだろ。その……彼女が落ち込むところなんて、見たくないだろ」
「ふぇっ!?」

 だから、あんなに頑張ったの?
 日向ちゃんやたっくんのためだけじゃなくて、私のために?

「あ、あの時の吉野くん、すごくかっこよかった。本当に、ありがとう」

 嬉しさと恥ずかしさがいっぱいになる中、それでも必死で言う。
 吉野くんにどれだけドキドキさせられたか、ちゃんと伝えたかった。

「なあ。抱きしてめいいか?」
「…………は、はい」

 緊張でカチコチになりながら、それでもコクコクって頷くと、そんな私の体を、吉野くんがギュッと包み込んだ。