ガチャリと目の前の扉が開いて、頭上から声がした。
誰かが、しゃがみ込んだまま動けない栗花落に、そっと手を差し伸べている。

「立てるか?」

(誰……?)

立ちたくなかった。
立てないと思っていた。
――――この時までは。

けれど、差し伸べられた手をじっと見つめていたら、自然と右手が、前に出た。

「はい……」

いつの間にか頷いた栗花落は、その手を掴んで、ゆっくりと起き上がる。
「君は、葛西さん、だよな?」

(あ、名前。憶えていてくれたんだ……)

何故か、不意に、そんなことを思った。

「はい。すみません、社長」

目の前にいるのは、蓬田商事の代表取締役社長、蓬田(よもぎだ)(しょう)
黒い髪は直毛で、前髪はワックスで横に流していた。
切れ長の黒い瞳には、力なく笑う栗花落が映っている。
白く透き通った肌には左頬に泣きぼくろがあり、鼻は外国人のように高い。
まるで彫刻のように彫りの深い顔立ちをした彼は、『イケメン敏腕社長』として、連日経済雑誌の取材が舞い込むほどだ。

彼のことを心から尊敬しているから、栗花落はこの会社に入社することを決めた。
入社前の印象と、今の印象はほとんど同じだ。
優秀で、部下を思いやれる、完璧な代表取締役社長。

「どうした? 何か、嫌なことでもあったか?」