「……なんで? なんで私を守ったの?」

彩絵は顔を上げて、栗花落の目をじっと見つめてくる。
なんで守ったのか。それは、自分でもよく分からない。
けれど……。

「だって、彩絵ちゃんは仕事ができるのに、こんなことが理由で会社に居られなくなったら可哀想だなって……。浮気したことは許せないけど、彩絵ちゃんの人生を壊してまで、断罪したいわけではなかったから」

彩絵が私情を理由に退職するのは、後味が悪いような気がした。
有望な若手社員から未来を奪ってなお、平然とした態度で職務を遂行する、その自信がなかっただけだ。
しかし、彩絵はその言葉に納得がいかないのか、瞼をピクピクと痙攣させて言う。

「……意味、分かんない。全然、意味分かんない! 私だったら、会社を辞めるまで追い込むもの! なんでそうしないの?? 社長にチクればいいじゃん!! ほんと意味分かんない!」

「意味分からなくていいよ! 私は、彩絵ちゃんの人生を壊したくなかった!! それだけなんだから!!」

「……っ」

彩絵は身体を震わせて、俯いてしまう。
それから、はぁ~~っと息を吐いて、彩絵はまた、顔を上げた。

「ほんと、先輩って意味不明……。だから嫌い。大嫌いっ!」

真実を語ってなお、彩絵とは分かり合えなかった。
それが事実なのであれば……。

「うん。それでいいよ。もう……」

これ以上、彩絵と言い合う不毛な時間を作りたくない。

(だって、私には翔という味方がいる。もう独りじゃない。一人でも味方してくれる人がいるなら、それでいい。これ以上分かり合えない人と分かり合おうとするのって、時間の無駄だし)

すると、翔は言う。

「本当に良いのか? それで」

「……え?」

栗花落は顔を上げる。
その一言は、予想していないものだった。

(これ以上、言い合えってこと? でも、私……)

翔は続けた。

「俺がこの状況を認知したことで、斎藤さんへの処遇は必須なものとなった。斎藤さんはすぐにでも他部署に異動させる。そこで彼女には反省してもらう。もしかしたら、会社で顔を合わせるのもこれが最後かもしれないぞ」

「……!」

そうか。そういうことか。
今まで、自分だけの問題だと思っていた。
裁判をする経済的余裕も、精神的強さもない。
彩絵とのことは泣き寝入りして、勝のことはサッパリ忘れて、翔とのこれからを考えればそれでいい。
ずっと、そう思っていたのだ。

(彩絵ちゃんと会うのは、これが最後……?)

これで……もう、正真正銘の。

「彩絵ちゃん!!」