この日、二人は電車を使って会社へ向かった。
初めて翔と通勤する電車は非常に混雑していて、立っているのもやっとなほどの満員電車だ。
鞄や人の背中に押されるようにして電車に乗りこんだ二人は、ホームドアの前に立つ。

翔は、栗花落を守るようにホームドアの前で右手を突き出し、栗花落が群衆に圧し潰されないよう守ってくれた。

「……すまない。苦しいよな」
「いや。この状況で、そんなこと言ってられませんよ……」

翔の後ろにはガタイの良い男性が立っていて、背中をぎゅうぎゅうと押されているのが見て分かる。
それでも、翔は嫌な顔一つせず、栗花落を守りながら終始笑みを見せていた。

そして、会社の最寄り駅で下車すると、翔は安心したように言う。

「満員電車は嫌いだが、栗花落が隣に居るだけで、不快な気持ちが吹き飛ぶな」
「えぇ? そうですか?」

不思議そうに栗花落が首を傾げると、翔は続ける。

「栗花落の顔をこんなにも近くで見れる機会なんて、そうないだろう? 栗花落、ずっと俺の顔を見てくれてたし」

「……だって」

栗花落は唇を尖らせる。
いつもは苦しいだけの満員電車のはずが、翔が目の前で守ってくれるだけで、ストレスではなく、ドキドキとした感情が芽生えていた。
(まるで、ナイトみたいだった。私のことを守ってくれる、近衛騎士みたいな)
なんて、自分でも笑ってしまうようなことを考える。

でも、それくらい、彼の存在はこの満員電車で大きかった。