その後食事会は何事もなかったかのように、にこやかなら雰囲気の中進み無事に終わる。

そして夕方、司と莉子は今夜の宿である帝国ホテルへと足を運ぶ。

「わざわざホテルを取らなくても、ご実家でも全然構わなかったのに…。」
帝国ホテルの最上階、純白の絹のロングワンピースに着た莉子が、貴賓室の窓から外を見渡し独り言を呟く。

司がそっと近付いて、そんな莉子を背後からそっと抱きしめる。

司も早々背広を脱ぎ捨て、ワイシャツに黒のスラックスをサスペンダー止めたラフな姿になっている。

「今日は一日中気を遣って疲れただろう。実家じゃ莉子が寛げないと思ったから。」
司の声が優しく莉子の疲れた身体に響く。

「お気遣いありがとうございます。司さんも疲れましたよね。お疲れ様でした。」
ねぎらいの言葉をかけると、何故かフワッと抱き上げられて、大きな天蓋付きのベッドに運ばれる。

「俺の疲れなんて大した事ない。莉子は身重の身体なんだから…夕飯まで少し休むべきだ。」
ベッドに寝かされ、丁寧に靴まで脱がせてくれる。

「ありがとうございます。司さんも一緒に休んで下さい。」
ベッドから莉子が誘うから、司も靴を脱ぎ莉子の横に寝転がり、やっとお互い肩の荷を下ろす事が出来た。

「さすがに、今日は疲れたな…。」
司は背伸びをしてから、莉子を引き寄せ腕枕をしてくれる。

司の温もりに触れて莉子もつい嬉しくて、その逞しい胸板にキュッと張り付き、司の規則正しい心拍を聞く。

すると急に司の心臓の音が早く波打つから、莉子は不思議に思い司を煽り見る。

目が合って、少しの間時間が止まる。

「…どうかしましたか?」
何も分からない莉子が小首を傾げてくるから、司はわざと大きなため息を吐いて、

「無自覚なのもほどがある…。
どれだけ俺が…日々我慢してるか…何も分かってない…。」

向き合う様にお互い横向きになれば、司の咎めるような目線に見つめられる。

「我慢…ですか?」
男心に疎い莉子にはそれでもまだ分からず、司はまた、深いため息を吐く。

莉子の頬にかかった前髪を優しく避け耳にかけながら、その額に口付けを一つ落とす。

「莉子に触れたくて、抱きたいのをずっと我慢している。それなのに…莉子はいつだって無自覚に俺を煽ってくる。」
莉子の手を取り、その甲に口付けを落とす。

莉子はやっと理解したのか、ボッと一気に真っ赤になって目を泳がす。

やっと分かったか、と咎めるような目線を送られ、唇にそっと軽く、触れるだけの口付けをされる。

「…我慢なんて…されなくても…。」
妊娠が分かってからずっと、一定の距離を置かれていたから、莉子だって寂しく思っていたのだ。

だからつい、目の前の司の頬に手を伸ばしそっと触れてしまう。

今度は司が困惑して目を泳がせながら、それでもその手に自分の大きな手を重ね、

「莉子は今、とても神聖な身体なんだ。
触れるなんて恐れ多くて…出来るわけないだろ。お腹の子に何があったらいけない。」

司は莉子が妊娠してからというもの、まるで神を奉るかのように、身重な莉子を神聖な気持ちで扱ってきた。
己の欲なんかで汚していいはずがないと、自身を戒めてきたのだ。

それなのに…ここに来てまさか莉子から、甘い誘惑をされるとは…。

だから我慢出来なくなって、そっと手を莉子の頬に伸ばしその滑らかな肌の感触に触れる。

さわさわと触れていると、どうしようもなく身体が疼いて、もっと触れたいと自我が目覚める。

そっと顔を近付けて唇を寄せれば、軽く終われる訳がなく…もっと深く繋がりたいと、舌を差し入れ絡ませその甘い罠に溺れてしまう。

足の腿を莉子の脚の間に差し入れ抱きしめれば、その柔らかい感触だとか、甘い吐息だとか、全てが媚薬のように司を支配し理性を無くす…。

本能のままに莉子の背中のファスナーを下ろし、その白い肌に唇を落とす。

柔らかな弾力を楽しみ堪らず唇を寄せれば、莉子の呼吸も荒くなり吐息が漏れる。

「…っあ…っん…。」

莉子が堪らず声を漏らすと、司は完全に欲に支配されて貪るような口付けを繰り返す。

無意識に手がお腹に触れて、そこでハッと突然、司は我に帰る。

危うくこのまま流されるところだった…

莉子を見れば半裸状態のとても魅力的な格好をしている。初夜の花嫁には少し色気があり過ぎる。

風邪でもひかせてはいけないと、慌てて毛布で包み込む。 

「司さん…?」
莉子も今目覚めたかのように起き上がり、どうしたのかと、司を見つめる。

「…腹減らないか?食事会ではあまり食べられなかったし、早めに夕飯を部屋に運んでもらおう。」

「…はい…。」
莉子は目を瞬かせて乱れた服を着直している。

司は自らが犯した罪のように、後ろめたい気持ちで背中のファスナーを上げるのを伝う。

「お腹に障ったらいけない。少し横になって休んでくれ。」
司の提案を素直に聞き入れ、莉子はまたベッドに横になる。

「司さん…お身体…キツくないですか?」
真っ赤な顔で俯く莉子に、苦笑いして気付かれた下半身の疼きを隠す事もなく、莉子の横に腰を下ろす。

「莉子が気にする事じゃない。これは生理現象だ。危なく欲に流されそうになったが、身重の莉子をどうにかしようなんて…どうかしてた。」

「そんな…気にされなくても…安定期に入ったら大丈夫だって…お医者様も…。」
莉子は俯いたままそう呟く。

「気になるだろ。少しでも何かあったはいけない、俺は医者の言う事は信用しない事にしている。」

「何…か私に出来る事…ありますか?」
それはどう言う事だ…?司が首を傾げる。

「その…触っても…?」
そう言う事か!!
司は寸でのところでその華奢な手を止める。

「誰に…何を聞いた?」
莉子がそこまで積極的な事が今であっただろうかと、疑いの目を向け莉子に向かい合う。

「あの…病院の待合室で…。」
莉子が恥ずかしそうに話し出したのは、この前行った定期検診の産婦人科医院で、近くに座る妊婦達のヒソヒソ話しを聞いたらしい。

旦那の浮気を疑った奥様が、友達にどうするべきかと相談していたのをたまたま聞いたようだ。

「俺が莉子以外に目移りすると?」

「あの…決して、疑っている訳では…。ただ、お手伝い出来るのではと…。」

司が、ハハっと声を出して笑う。

「ありがとう。その純心さを大事にしてくれ。」
そう言って、莉子を毛布で包み直しそっと抱きしめる。

既に疲れが限界だった莉子は、そのまますやすやと眠りに着いた。司は可愛いなとその様子を見守りながら、その産婦人科でどんな卑猥な言葉が飛び交っているのかと、要らぬ心配をし始める。

純真無垢な莉子だからまた鵜呑みにしかねない。次の検診から必ず着いて行こうと、司は固く決意した。


そして、そんな2人の結婚は新聞記事にも載るほど世間に知れ渡る。

それほどまでに長谷川家は、今や日本の経済に欠かせない企業なのだと知らしめた。

莉子と司は騒ぎになる前に、無事横浜へと帰り着き普段通りのんびりとした毎日を送来る事が出来た。