その瞬間、左肩をドンっと押されて莉子は冷たい廊下に尻餅をつきそうになる。

お腹…!!瞬間お腹を守るけど…

もうダメだと思ったのに…肩を引き寄せられて暖かい腕の中…。
バクバクと鼓動が嫌な音を立てるけど、それより早い鼓動に抱きしめられていた。

「何を…してくれて…るんだ。」

どこから駆けてきてくれたのか分からないけど、肩で息をするぐらい乱れた呼吸で、言葉も絶え絶えに話す司がそこにいた。

いつだって、どこでだって必ず駆けつけて助けてくれる…。

見上げれば、安堵の表情で司がフーッと呼吸を吐く。

そして、昌子に鋭い目を向け、
「昌子…もう2度と、俺の前に、顔を出すな…。俺の大切な…人を傷付けるなら、容赦しない。」

まだ息が整わないまま、ハァハァと呼吸をして司が昌子に鋭く尖った言葉を言い放つ。

初めて司に会った時、この目線を向けられて怖くて心が震えた…莉子はその時の事を思い出す。

あの時…不思議と怖くは無かった。
むしろ辛い毎日からこの人が救ってくれるとまで思っていたから…。莉子はぎゅっと抱きつきながら擦り寄る。

どんな彼だって変わらず大好きだと再確認する。


「司お兄様…お兄様は騙されてるんですわ。
この方の事、実は私小さな頃から知っています。誰からもチヤホヤされて、愛されてるって自惚れて…嫌味な子でした。」

「莉子はそんな人間ではない…。
そう見えてたのは、お前の眼が、濁っているからだ。これ以上話しても意味がない…不愉快だ。」

司が直ぐさま否定してくれて、莉子を守る。

「お兄様、目を覚まして!
こんな結婚…何の意味もないでしょ?お兄様にとって利点なんて一つもないじゃない!」

「莉子が側にいてくれるだけで俺は幸せになれる。これ以上の利点はない。」

もう既に、この女とは分かり合える気がしない。
これ以上は時間の無駄だと司は思い、莉子を労わりながらその場を立ち去る。

「…待って!」
司の着物の袖を咄嗟に握り締めた昌子が、2人を引止める。

「お兄様…。私、物心ついた頃からずっと…お兄様をお慕い申し上げていました!
ずっとずっと大好きだったのです。
だから…結婚も上手く行かず…いつだって貴方の事ばかり…。」

これでもかと言うように、場もわきまえず昌子が訴え続ける。だからとて、司の心を振り向かせる事は2度とない。

呆れた顔で司は握られた袂を埃を落とすように払い除ける。

「いい迷惑だ。お前の事は好きでも嫌いでもなかったが、今は本当に毛嫌いしている。これ以上怒りを買いたくなかったら、早く立ち去れ。
生涯俺が愛するのは莉子ただ1人だ。」

冷たく言い放たれて、さすがの昌子も床に膝を付けて打ちひしがれる。

鬼のように容赦無く、冷たい言葉を投げかけられて下唇をかみ睨み返す。

「あんた達なんて…!幸せになんてなれないんだから。見ていらっしゃい!私が誰よりも1番幸せになってやるんだから…!」
昌子は金切り声を出して床を両手で叩きつけ、悔しがる。

もはや司達にはその声は届かない…。

その後騒ぎを聞きつけて、慌ててやって来た昌子の親にも司は容赦無く言い放ち、今後敷居を跨ぐ事は許さないと破門を告げる。

もちろん当主である司の父も同感した。