白粉を綺麗に落として、髪型も一度全て解き、新たな髪型に縫い上げる手前で、女中の1人に声をかけられる。

「莉子様、着替える前にお手洗いに行かれてはどうですか?」
女中が気を遣ってそう声をかけてくれる。

「そうですね、今のうちに行って来ます。」
莉子も納得してお手洗いにと席を立つ。

着て来た着物を簡単に着付け、髪をひと束の三つ編みにサッと編み、そそくさと手洗い場へと廊下に出る。

パタパタと廊下を急いで歩いていると、前から真紅の振袖を着た女がこちらに向かって歩いて来る。

莉子も嫌な予感がしながら逃げ場はなく、ただその場に佇む。

ニヤリと笑った女が足を止める。
「私の事覚えてないかしら?同じ女学校の2年上だったのよ?」
真紅の振袖の東郷昌子に話しかけられる。

「同じ…学校だったのですね。申し訳けありません。私は中等部を1年で退学したものですから…。」

頭を下げて無礼を詫びる。
心臓は嫌な音を立てて脈を打つ。不安に駆られながらもどうこの場を乗り切ろうかと、莉子は思案する。

「貴女っていつも鼻についたのよね。少しばかり可愛いからって人を上から見てるみたいで、気に食わなかったの。」

「…そんな事は…。」
莉子は一方的に批判され、心が萎縮してシュンと気持ちが沈んでしまう。

「没落してざまぁみろって思ってたのに、今度は図々しく司お兄様の花嫁ですって?身の程をわきまえなさいよ。」

身の程知らずなのは莉子自身だって分かっている…。だけど司が選んでくれたのだから、望んでくれる限りは、自分からその手を離すつもりはない。

俯き、じっと嵐が通り過ぎるのを待つ。
それはかつて東雲家で、辛く厳しい日々を耐え抜く為のただ一つの防衛手段だった。

知らず知らずのうちに震える手を、もう片方の手でぎゅっと握り締める。その薬指には司からもらった婚約指輪と結婚指輪が光っていた。

その指輪達が莉子を励ますかのように輝いている。

「申し訳けございません。図々しいと思われようと、私から離れる事は決してございません。」

莉子ははっきりと言って頭を下げる。

以前の莉子なら萎縮したまま言い返す事すら出来なかっただろう。

今、立ち向かえられるのは…司から愛されているという自信があるから…。

もう、東雲家にいた時の弱い自分ではないと莉子自身自分を鼓舞して奮い立たせる。